南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (33)

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    第七節         南海冥府の女王研究へのアプローチ

    上述のいくつかの解説に注目すると、ジャワ社会の信仰となったいくつかの点を研究した記事の中で、科学の知識への接近を利用するだけでは行うことができなくなったものがある。ジャワ社会の伝統儀式の応用の裏にある何かについて知ることができるためその理論は大変必要とされている。

    幽体に対する信仰を見る上で、我々が五感を使っている間の霊界の存在は、幽体の形をとった性質を持つ一つの現実であるがゆえにそのすべての幽体は我々起源なのである。このことで、Ratu Kidul(南海冥府の女王)が個性を持った、社会的、政治的、文化的な命を持ち、歴史的発展を有する環境の存在で、霊界の人物として理解されうるのである。

     

    この意味においてこそ、社会と神秘の学者のMT. Arifin (2008)は、彼らの知識の源として霊界自身での人物たちの情報提供者とともに、霊界との交信という形を通じて知識を得る研究、専門家の指導に直接に存在するということの「塩水」への接近が必要だと説いている。霊界や神秘主義の言葉で、この件は霊と霊との間の庚申を構築する方法のひとつであるチャネリングという方法を通して行うことができる。

    確かに「塩水」の方法以外に得られた知識をより完成した形にするために、淡水の方法、すなわち特殊な方法を持つとある思想グループ内の師匠のコミュニティーの元での組織的な知識の探索と概念とを通じた知識の獲得、もまた必要とされるのである。

    これよりずっと前に協調しておかなくてはならないことは、この期間ジャワ社会において本当のRatu Kidul自身に関して少し誤解が存在していることなのである。Ratu Kidulは女性として認識されている。しかしながらRatu Kidulとは本当は、大統領のような職責であるからして、Ratuは女性でなければならないことはなく時には男性である。現実的には大多数が確かに女性となっている。

     

    第一章訳出終了2016/4/13


    南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (32)

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      定期的な祈願祭や人生の節目に関連する上記の祈願祭以外にも、常に行われている伝統儀式の祈願祭には次のようなものがある。

      1. Merti Desa: 毎年実施される村民全員が一緒になって行う村の安全祈願祭。この伝統記念祭で、一般的にKanjeng Ratu Kidulが最高の席を占め天使の一部となり、地球の平和を守るためにアッラーの使命を任せられたDewe Sriの呼び名と並ぶ。
      2. Pai Anyar: 農業で大きな収穫を得た後で行う祈願祭。(現在では会社の創立記念日や商工業の安全祈願として発展している)
      3. ジャワ人ムスリムも、すべての神からの恩恵に感謝すべく行われる感謝の祝宴を開くことが通常化している。それゆえ、現在では、卒業、就職、昇進などの祈願祭あるいは寄進の伝統儀式となったものが多い。

      ゆえに、祈願祭や祝宴の伝統儀式は、その主催者が何を意図しているかによって、いろいろな機能を有しているのは確かである。<42>主たる目標ではっきりしているのは、自分自身を神により近づけることを伴う祈りと霊的な表現であるということである。

       

      第7節に続く


      南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (31)

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        21.

         

        Mendhak Pisan

        祥月命日の目的は死者の霊への許しを請うため。骨以外のすべての要素を純化する意味も有する。

        22.

        死亡

        Mendhak Pindho

        二回目の祥月命日。肉体の全ての要素から感覚と匂いを消すことで純化する意味もある。

        23.

        Nyewu Dina

        死後千日目の法要

        24.

        Haul (Kol)

        毎年亡くなった月に行う死者への記念祭。来世で霊が安全に過ごせるようにとの祈願を伴い、すべての罪を許してもらえるように祈ることがその中身である。


        南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (30)

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          8.

          Safarの月の最後の水曜日の晩

          いろいろな味付けの揚げ物と野菜を伴ったNasi tumpeng

          天使などの形をとって人類に対するあらゆる加護を与えたアッラーに対する感謝というRebo Wekasanの記念

          9.

          Rabi ul awalの月の12日の晩

          Nasi tumpeng Rasul、鶏一羽と黒大豆

          ムハンマドの誕生祝いとその時の特別な本の読誦

          10.

          Rabi ul awalの月の12日の昼

          Nasi tumpeng、野菜、各種のおかず、jajan pasar

          預言者ムハンマドの誕生記念で、その来訪を祝い、アッラーへの仲介を申し出る

          11.

          Rabi’utstsaniの月の12

          Nasi tumpeng Rasul、鶏一羽と黒大豆

          ジャワのムスリムの精神的象徴の一人であるSyaikh ‘Abd al-Qadar al Jilaniの威光

          12.

          Rajabの月27日の晩

          Nasi tumpeng Rasul、鶏一羽と黒大豆

          五回の礼拝の伝統が生まれたムハンマドのIsra’ mi’rajの記念と祝い

          13.

          Sya’ban (Ruwah)の月15日の晩

          Nasi tumpeng、ココナツ味付け野菜、各種の揚げ物。この行事はPunggahanと呼ばれる。

          一年間の善行の記録を天に上げる夜としてジャワのムスリムに信じられている。この行為の記録をアッラーに良くしていただきその信仰心を受け入れてもらう。

          14.

          Sya’ban (Ruwah)の月15〜27日

          Jajan pasar, 各種のおかず、果物

          大衆の墓地付近の講堂あるいは広場でのPesadrananの祝宴。習慣儀礼のPesadrananの後で、各家に親善訪問する

          15.

          Ramadhanの月17日の晩

          Nasi tumpeng、野菜のココナツ煮、各種の香辛料。

          ムスリムたちの生活の規範としてのクルアンを下された記念とお祝い

          16.

          Ramadhanの月21日の晩

          Nasi tumpeng、野菜のココナツ煮、rempah2an各種の香辛料。

          Selikuranの祝宴。地獄の火から逃れられるitqun minannarの始めとしてのプアサが最後の十日間に入ったことへの感謝

          17.

          Ramadhanの月27日の晩

          Nasi tumpeng Rasul、鶏一羽と黒大豆

          Lailatul qadar[1]の祝い。Lailatul qadarの権威を通じてムハンマド(insane kamil)の一部なりうるように聖蹟を与えられるように願う。

          18.

          Syawalの月1日の晩

          Apem[2]とketan[3]など。Pudunanと呼ばれる

          29/30日間のプアサを終えた感謝と祝賀。これこそがアッラーの慈悲と許しが下りた晩。

          19.

          Syawalの月1日のIdの礼拝の後

          Nasi ambengと卵焼き

          Lebaranが来たお祝いの印とこの日はプアサをしてはならない象徴としての祝宴

          20.

          Syawalの月の8

          Ketupat[4]

          8日間続いた「レバラン親善週間」終了のlebaran ketupatのお祝い

           

          [1] () クルアンの最初の章が下された夜。

          [2] () Apemは表末の写真参照

          [3] () Ketanは表末の写真参照

          [4] () Ketupatは表末の写真参照


          南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (29)

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            第六節 ジャワ人ムスリム環境下での祭事と海神祭り

             

             調和をもって行われるジャワイスラムの伝統がどのように代表されるかということを著者の居住地の社会の風習をよく調べた。上記のジャワムスリム社会においては、泉とメラピ山に関係した海神祭り(laungan[1]あるいはlabuhan)を含んだ毎年21回行われる祝宴と祈願祭がある。公共の性質を備えた上記の21種類の祝宴は社会の構成員すべてによって大々的に行われる。ゆえに、人生のサイクル(誕生・結婚・死亡)と関連して行われている各種の祝宴や祈願祭と、収穫感謝祭や雨ごいなどの特別なものは含まれていない。以下の表は、伝統的なジャワムスリム社会の伝統的な傾向となっている(一般的には地方の農村部の集落におけるジャワムスリムで変わらずにおこなわれている)祈願祭や祝宴というあらゆる形式への著者の記録である。

             

            No.

            実施日[2]

            主要な供物

            意図と目的

            Suro 1日の晩[3]

            野菜のおかずと各種の揚げ物を伴ったNasi tumpengあるいはnasi ambeng[4]

            新年の記念と年齢を加えられたことのアッラーへの感謝

            Suro 8日の昼

            Bubur manggul[5]

            ノアが洪水から助かったことの記念と感謝。今に至るまで人類を守ってきてくれたことへの敷衍

            Suro 10日

            Nasi tumpeng Rasul、鶏一羽、pisang raja,とjajan pasar

            Yaum al-anbiya記念日 (預言者たち[6]の日)。人類に高貴な指示を与えてくれた預言者たちの存在と安全に感謝して祝う。

            Suro 27日の晩

            Nasi tumpeng Rasul、鶏一羽

            SoloとYogyaで訴えられたK. Sirojの記念日

            Safar月のKliwong火曜日の晩

            海神祭り

            村人による祈願式

            Safar月のKliwong火あるいは金曜日の昼間

            Nasi tumpeng Rasul、鶏一羽、pisang raja,とjajan pasar

            人間にとっていろいろな泉(生活用水)を恵んでくれたことに対するアッラーへの感謝

            Safarの月のPahingの金曜日の晩

            Rempah apem, kue pasungの種類

            スラカルタと周辺部にイスラムを広めた功績のあるKi Ageng Gribig (Jatinom)の祥月命日

             

            [1] (訳) Laugnanは表末の写真参照。

            [2] (訳) すべてが太陰暦のジャワ歴によるので、太陽暦にすると毎年11日ほどずれる。

            [3] (訳) ジャワでは一日が夕方から始まるので、日本風に言うとSuro月のついたちの前夜ということになる。

            [4] (訳) Nasi ambengは表末の写真参照。

            [5] (訳) Nasi ambengは表末の写真参照。

            [6] (訳) イスラムではムハンマドのみならず、旧約聖書に登場する人物たちも「預言者」としている


            南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (28)

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              このようなことで、(上記の‘Abdurrahman bin ‘Aufに対する預言者ムハンマドの物語の前後関係はどうであれ)祈りと感謝の後で食事をとるという形で寄進として目されいろいろな好みに合わせて同じように分配された食べ物を提供する形でジャワ社会の伝統にある祝宴は預言者ムハンマドの教えと軌を一にしているのである。上記の物語においてそのwalimah(祝宴)は「屠るのがヤギ一頭であったとしても」と確かに述べている。<37>例えば、アラブ社会では、ヤギを200700頭所有していたとしても金持ちとは評価されない。それゆえ、上記の物語の意味は「実力に合わせただけで(見栄を張らずに)祝宴を行う」ということである。そして上記の宗教の教えは、ジャワのムスリムによって祝宴、祈願祭、祈願式、先祖のお墓参り(pesadranan)とこれらに類する形で表現されている。

              このように、祝宴、祈願祭、祈願式と名付けられているものは一般的に大罪や背教、不信心と言うことができないことがわかるのである。目的がどうであるかまた何を実行についての理解によるのである。ジャワ人にとって、これを行うことのすべては、目的ではなく、行われたことが安全をもたらすという確信によるものでもない。これらすべては、アッラーが人間に恩恵と平安を与えるようにアッラーとの関係の仲介役としてのみ行われる。

               続く


              南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (27)

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                 預言者も、祝宴、特に結婚披露宴に招待されたときには、招待客はそれに応じることがよい、と言っている。

                 Ibnu Umar r.a.でこう述べられている。「預言者はこうおっしゃられたことがあった。『あなたが誰かを宴会に迎えに行くときはあなたもそれに臨席するのがよい』。」(Al-Bayan, No. 827)<36>

                 

                 上記のハディスは、Imam al-Bukhariのal-Nikahの章のNo. 4775と4781、Muslim のal-Nikahの章のNo. 2574、ald-Turmidziのal-Nikahの章のNo.1017、Abu Dawudのal-Ath’amahの章の3246-3250、Ibn Majah のal-Nikahの章のNo.1904、Imam Malikのal-Nikahの章のNo.1001、al-Darimiのal-Adhahaの章の1992、al-Nikahの章のNo.2108、Imam Ahmad bin Hanbal第二章20,22,37,61,68,95,101,127,146ページに出ている。

                祝 宴への招待において一般人と賓客は区別される慣習はこの当時から既に存在した。このことを預言者は「大変悪いこと」と述べている。

                 Abu Hurairah r.a.からの話では、預言者は「悪い食べ物は、金持ちたちだけが出迎えられて貧乏人は出迎えられない祝宴の食べ物である」と語ったことがあると述べている。出迎えられなかった人は実はアッラーと預言者に対する背命行為を行ったのである。(Al-Bayan, No. 828)

                 

                 上記の物語はUmam ak Bukkhariによるal-Nikahの章のNo. 4779、もMusliによるal-Nikahの章のNo.2582、Abu Dawudのal-Arh’amahのNo. 3251、Ibn Majahのal-Nikahの章のNo.1903、Imam Malikのal-Nikahの章のNo.1002、al-Darimiのal-Arh’amahのNo.1977に出ている

                 

                続く


                南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (26)

                0

                  ジャワにおいてSunan Ampelと伝道者たちの宴会の執行における変更は、上記の伝統儀式は預言者ムハンマドによって提案された変更であるからでもあったが、単に「五つの快楽の儀式」の変更されたものではなかった。Sunan Ampel自身はペルシャのMaulana Ishakの子孫であり[1]、そこでは宴会の伝統儀式は強力な宗教の伝統となっており、その後にベトナム南部のチャンパに広まり、その後ほかの伝道者たちと同行したSunan Ampelによって拡散されて以来、ジャワに広まったのであった。<35>

                  今までかつて議論の余地がなかったアラビア語専門家からのAl-walimahの意味についていろいろな面に注目してみると、アラビア語からインドネシア語あるいはマレー語のいろいろな辞書によれば、aulimという語はwalaa-imの複数形のal-walimahからamr(命令)の形であり、インドネシア語-アラビア語辞書では祝宴として意味づけられている。(Munawwir & Fairuz, 2007: 423) 一方、aulamaという語は宴会を催すという意味のwalimahからつくられたものである。Kamus(辞書) al-Munawwirではaulamの語はshana’a walimah(宴を行う)、食事会を開く、祝宴として(Munawwir, 1997:1581)、あるいは宴会をしている(al-Qusyairi, t.t.:610)と意味づけられている。

                  それゆえ、後世の一部のムスリムによってwalimahの語が結婚披露宴にだけ適用する意味を与えられたとすると上記のハディスの書かれた背景からはとても遠いことが確かであり、またこの宴会は「善行」とは呼ばれているのではあるが、預言者が提案したことのなかった、預言者の示した正しい道から外れたイスラム改新者の行動とされたこの宴会は拒絶された。その文章がwalimat al-‘ursi(結婚披露宴)の意味であるなら、これを除くものである。(Munawwir, 1997:915)

                  このような理解は、預言者ムハンマドの指導からの応用を調査研究したくないという信仰上の高慢さから生まれてきたとともに、同時に信仰上の善行の一部として大衆の文化の現実に対して目をつぶることから生じたものである。

                   

                  [1] (訳) Slamet Muljana教授によるとSunan Ampelはチャンパ在住の雲南人の有力者であった彭強(Bong Tak Keng)の孫で1445年にパレンバンに派遣された。ペルシャ人ではない。Maulana Ishakはこの彭強の娘婿である。Maulana Ishakもチャンパからの来訪者である。


                  南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (25)

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                    続いてIbn Mandzurは、上記の預言者のお言葉に関連して、al-walimah(結婚披露宴)は、屠殺された家畜の所有者たちによって提供された食事として意味づけられる、といっている。それゆえ、預言者の命令である上記のaulim walalu bi-syatinは屠殺されたものの食物を提供することとして意味づけられる。サウジアラビア付近の伝統では、結婚披露宴のための最小のいけにえはヤギである。

                    上記のサウジアラビア式の祝宴を、著者は2006年の聖地へのハッジを行ったときに体験した。Mekah al-MukarramahM’had Sayyid ‘Abbas di Sari’ Sittinで行われた祝宴に筆者は臨席したのだった。一方ジャワにおいて、Sunan Bonangに続くSunan Ampelの時代から、大多数の庶民の経済的能力の面から検討され、祝宴に供される上記のいけにえに使われるのは鶏か魚であった。<34>

                    この祝宴の伝統儀式はまず、オープンで広い場所(ksetra)で行われる「五つの快楽(pancamakara)」の儀式として知られている、肉(mamsa)、魚(matsya)、酒(madya)、乱交(maithuna)と印相(mudra)の提供の一種の儀式の風習の解決策としてのものである。Sunan AmpelSunan Bonangによって上記の儀式はイスラム化され、その地域で、供されるものは、nasi tumpeng、鶏肉、ヤシの種類からつくられた甘いお茶に替えられた。(Sunyoto, 2004: 125-127)上記の儀式は当初、その信者の一人がAdutyawarman王であったBairawa-Tantra派によって行われた。(Moens, 1924)

                     

                    続く


                    南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (24)

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                       私はZainabの結婚披露宴に臨席した。預言者は、パンや肉を多数の人たちにふるまっていた。預言者は客を迎えるように私に指示した。彼らが食事を終わった後、預言者は立ち上がって歩き始めたので私もついていった。その時、二人の男性が楽しそうにおしゃべりをしており、まだ退席していなかった。預言者が妻たちと会うために部屋に入ったとき、師は彼女たちの一人一人にアッサラームアライクムと挨拶した。みんな元気かいと。彼女たちは口をそろえて、「はい預言者様。奥様はいかがお過ごしですか」と尋ねた。預言者は「元気でおります」と答えた後、私とともに戻った。扉まで達した時にさっきの二人の男性がまだ楽しそうにおしゃべりをしていたのが見えた。預言者が戻ってきたのを見た彼らは立ち上がって預言者の家を出て行った。彼らがなぜ出て行ったのかはわからなかった。彼らが帰るように仕向けたのかあるいは彼らが帰るようにとのご託宣が預言者にあったからなのか。私とともに帰ったあと師が敷居に足をかけたとき師は私との間にカーテンを下ろし、その時に「預言者の家には許可を得ないで入ってはいけない」とのごアッラーの宣託があった。(Al-Bayan, No. 826)

                       

                       上記の話はImam al-BukkhariのTafsir al-Qur’an No. 4419, al-Nikah No. 4773, Al-Usti’dzan No.5769、MuslimのAl-Nikah No. 2565、al-TirmidziのTafsir al-Qur’an NO. 3141&3142、al-Nasa-I の、Al-Nikah no. 3200, 3334、Abu Dawudのal-Ath’mah No. 3253、Ibn MajahのAl-Nikah No. 1898に出ている。

                       

                      続く

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