南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (32)

0

     南海の女王の霊界の軍隊はSenopatiが海岸地域の諸王国を攻撃した際やSultan AgungとHamengkubuwono一世のオランダ反植民地運動を起こした際に彼らを支援したと信じられている。口伝によると彼女はインドネシア革命の際にHamengkubuwono九世に支援をもたらし、第二次世界大戦の際には日本海軍を降伏させることに尽力したという。ジョクジャカルタの多くの人は、インドネシア海域に入ってくる不純な目的を持った船を南海の女王が沈めるので、インドネシアでは強力な海軍は必要ないと信じている。南海の女王は極めて危険な霊界の軍隊を支配しているのである。彼らの一部はジャワ南岸の「原住民」である。一方それ以外はジョグジャカルタのサルタンが女王に送った軍隊である。ジョクジャカルタ王室の建国に関係する神話は、Hamengku Buwono一世は彼のサルタン国内のすべての霊を降伏させたと述べている。そのうちのいくつかはイスラムに改宗し、その他は南海とメラピ山に隔離されたのであった。

     


    南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (31)

    0

      南海の女王とPanembahan Senopatiとの結婚は空想的な文学で広く大罪とされている。文学と民間神話では、南海の女王とPanembahan Senopatiとの邂逅は恋愛物語としてしばしば描かれているが、いくつかの別な物語では南海の女王がPanembahan Senopatiの肉体を破壊し彼女の王宮にとどめておくようにしようとした謀略であったとも言っている。このように、南海の女王はしばしば美しい若い女性として描かれているが、他方、醜い老女としても描かれている。<67>宮廷の理論では、彼女は満月に近づいた時には若く、それを過ぎると年寄りとされている。

      あまり人口に膾炙していないBabad Tanah Jawiによると、SenopatiはSunan Kalijagaの支援のおかげでこの謀略から助けられたとのことである。一方、南海の女王がPanembahan Senopatiに与えた幾つかの物、Telur lungsu jagadとminyak jayengkatonを数人の宮廷使用人に対しSunan Kalijagaが試してみた。Telor lungsu jagadは後日醜い巨人に変身してしまうKi Juru Tamanへ、minyak jayengkatonはSenopatiの身の回りの世話をしているKi KosaとNini Panggungに与えられた。この二人に油を数滴たらすと、姿は消え失せて幽霊と変化した。巨大な幽霊となったKi Juru Tamanは、Sunan Kali JagaによってMerapi山の支配を命じられた。一方Nini Panggungはジョグジャカルタの宮廷のKi Kosaは宮廷前広場にある霊界に住むことになった。数々のBabad Tanh Jawiの版では上記の南海の女王の謀略の記述が削除されている。


      南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (30)

      0

         南の女王(Ratu Kidul)はジャワの宗教において重要な位置を占めている。彼女は南海冥府の女王であり中部ジャワの霊たちの指導者である。また、彼女はマタラム諸王の妻になり、宮廷で最も重要ないくつかの伝統儀式に焦点を当てているのである。Babad Tanah Jawiと口伝によるとPanembahan SenopatiがLipra[1]で啓示を受け取り、彼は苦行を行うために南岸に一人赴いた。その目的は、Sultan Pajangという敵を降伏させるために必要な超能力を開花させるためであった。希望する権力はかなり多くの瞑想を通して吸収され、海がしけて大部分の魚が死んで海岸に打ち上げられた。その時南海の女王は、宮廷での結婚式に用いるような衣装で非常に美しい若い女性として現れたのであった。彼女はSenopatiに苦行を止めさせその代わりにその妻になり、霊界のすべての軍隊をSenopatiの政府の下に置くことを申し出でたのであった。Senopatiはこれを受け入れ彼女と共に結婚式が行われる海中の宮殿に行ったのであった。

         

        [1] 原文ではLipraとあるが、websiteではLepra(らい病)となっているものが多い。


        南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (29)

        0

          毎年、特別な伝統行事の一部がgarebeg[1]の儀式や他の国家的儀式の催行をもって行われている。この件は超能力の一部が国民にしみこむことを可能ならしめている。宮廷から持ち出すことができるものが何かを決めることができるのはサルタンのみである。その選択は各々の宝物に込められた超能力の種類と国民たちに必要な条件で決定されるのである。

          王とのその代理人は、彼らが長時間にわたる苦行を行う能力があることで尊敬されている。これは、洞窟の中や川のほとり、樹上あるいは人が入らないような森の中の石の上が一般的な断食を含んでいる。正統な伝道師たち、Sunan Kalijaga、Senopati、Sultan Agungは何週間や何カ月にも及ぶ断食修行耐えられると信じられている。彼らもまた、海水を煮立てたり全世界を破壊することができる超能力を備えていると信じられている。その大部分は世を捨てることによって諸王が敵を降参させたり霊界を支配するための能力を醸成することである。すでに試みた多数の人たちはいるが、諸王のみならず昔の伝道師によって行われたことに近づくために苦行を行ったが誰一人として成功したものはいないと広く信じられている。<66>二世紀余りにわたるオランダのジャワ支配と彼らの権力(西洋的理解による)は、ジャカルタの分割された政府によって承認されこの地位に関する重要証拠として取り上げられた。ハメンク・ブヲノ10世は、彼自身が正当な軍隊の司令官になった最後の王であるからたぶん除外されるであろう。現代の諸王の不可能さは修行を行うことで、その影響として、驚異的な新しい権力の集合を吸い込むことができなかったことは、輝かしい王朝時代の権力を囲んでいる宝物に対する極端な礼拝の発展に影響を与えた一つの要素である。

           

          [1] 一年に三回行われるジョグジャカルタ王宮の伝統儀式。


          南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (28)

          0

            南海冥府の女王という点以外にも、このような遺産建造物はジャワの宮廷の信仰では極めて重要な役割を果たしている。各々の遺産建造物は常にジャワあるいはイスラムの歴史において権力を有した特定の人物と関係している。(遺産構造物の大多数はSenopatiあるいはSultan Agungの所有であると信じられている。そうでないものはイスラムの伝道師とムハンマドの幾人かの子孫と関連付けられている。) この中部ジャワの第二の宮殿は数百の遺産を有している。その中で最も重要なのは各種の儀式の際にジャワの男性が用いる短刀Keriや槍、18世紀の宮廷馬車、ガメラン、聖典、ジャワへのイスラム伝道師たちとムハンマドに対する信仰である。この遺産のいくつかの部分は軍事目的として特別に利用され、その他は病虫害(稲に損害を与えるネズミと害虫)、さらには豊作と畜産の成功を祈願するため、またイスラムへの改宗する一助のための神秘的能力を有するのである。<65>ムハンマドの誕生記念祭の儀式で宮廷のモスク広場で演奏されるGemelan sekaten(中部ジャワの伝統儀式に用いられる音楽)はここの神秘的能力があると信じられている。このGamelanは一般的な楽器と比べると二倍の大きさがあり[1]、数キロメートル先からも聞こえるほどである。伝説によるとこの楽器はヒンドゥー教徒をモスクに誘うためにDemakの初代サルタンが使ったものだとのことである。Kartasuraの宮廷が所有している二つのgamelanがある。宮廷が二つに分かれた時、一つはジョクジャカルタに、もう一つはまだスラカルタに与えられた。それぞれの宮廷は必要に応じてレプリカを所有している。モスクで演奏される音の一つは南海の女王が調律したものと言われている。それは受難したその子フセインの死の故にムハンマドの姉妹の悲しみに似ていると信じられている。

             

            [1] ()ガメランに詳しい友人の話では楽器の大きさは2倍とまではいかないとのこと。


            南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (27)

            0

              南海冥府の女王と出会うための伝統儀式と瞑想を行うために、ジョグジャカルタのサルタンは南海地域に行くことは必ずしも必要とされないがゆえに、宮殿の中にも南海冥府の女王と出会うために特別にしつらえられた場所がある。ジャワ人たちはジョグジャカルタの宮殿のTamansariにあるGumulingの井戸とUmbul Binangunはジョグジャカルタの宮殿と南海にある宮殿とをつなぐ地下トンネルを有していると信じている。

              Gumulingの井戸 

              Umbul Binangun

              この地下トンネルはサルタンHamengku Buwonoが南海冥府の女王と連絡を取りたいときのルートであると信じられている。Tamansari自体はサルタンHamengku Buwono一世が1758年に建設したものである。Praja Tamansari群こそが、サルタンと南海冥府の女王が出会うための特別な部屋としても建てられたのである。


              南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (26)

              0

                 それ故、ジョクジャカルタのサルタンたちの本質は、彼らがPanembahan Senopatiの子孫であることゆえに南海冥府の女王と特別な関係を保持していると信じられている。実行されている上記の関係とは個人的なものでありわずかな人たちしか知らないのである。<63>ジャワ人の視点とは言え、上記の関係は、サルタンが国民の安寧秩序に対する重大な責任を負っている故に王国全体の必要性によって保たれているのである。上述のように、王国の本体に障害が生じた時はいつでも相互扶助するためのPanembahan Senopatiと南海冥府の女王との約束にその源がある。Hamengku Buwono X世の弟の一人はこう解説している。(Twikromo, 2006)

                サルタンは南海冥府の女王と確実に関係を持っている。上記の関係はサルタン個々人に大きく依存している。その関係の形については、きわめて個人的で特殊であるから私は解説できない。

                 ところが、Segara Kidul (Parangkusmo)の沐浴場の管理人は南海冥府の女王とサルタンとの関係をこのようにはっきりと述べている。

                ジョグジャカルタの宮廷のサルタンは昔から南海冥府の女王との関係を有しており、そのすべては神秘体験である。その昔から代々その種を有しているため、南海冥府の女王は王となったPanembhan Senopatiの子孫を常に助けているのである。ジャワの風習によると、Kanjeng Sinuwunがpeteng penggaliheの(重要な問題で頭を痛めている)時に彼は南海冥府の女王の支援を得るために瞑想を行う。<64>この瞑想は、全知全能の神に願うためにジャワ人にとってすでに義務となっている。サルタンHamengku Buwonoと南海冥府の女王との交信の結果は、オランダ支配時代のみならず現在もジョクジャカルタのサルタン国の安寧秩序となっている。

                 


                南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (25)

                0

                   事実、Dorodjatunがその契約に調印してサルタンの地位に上がった時、長い闘いなくしてオランダはインドネシアの地から出て行ったのであった。サルタン・ハメンクボヲノ9世は受けた啓示に対して深い信頼を寄せたので、調印前に契約書の内容を読むことなしにこれに署名したのであった。崩御するまで、ハメンクボヲノ9世は、この時調印した契約の内容は知らないままであった。

                   

                   ジャワの思考方法のフレームでは、この「ささやき」はこの世界に存在する権力を手中に入れることができた人にしばしば受け入れられているのである。王にとって、受け取った幽体との体験やこのささやきは、王は全域で行政と施政のために存在するものであるから、王国や全国民の必要性のために用いられると考えられている。歴史の傷で書いたように、Pangeran Mangkubumi(皇太子の弟がなる首相)がジョグジャカルタの王宮を戦略的な場所に置いたことで、瞑想や苦行、断食など神や超自然世界の生き物からの指示を行ったのであった。このような方法こそが、絶えず国民を指導していけるような王が本来行わなくてはならないことであった。上記の超自然社会での存在の一つがKanjeng Ratu Kidul (南海冥府の女王)であった。

                   


                  南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (24)

                  0

                     サルタンの最も大事な義務の一つは王国内で最も大切な超能力の源泉を支配することである。これは次の三種類の方法を通じて成し遂げられる。<61>(1) 王の権威と過去の伝道師を守る遺産を所有していること、(2) 他の超能力の源泉を支配し所有している超能力を開発発展させること、(3) 強力な霊である南海の女王との関係を保ちきわめて強力な霊界の軍隊を率いること。

                     このように、ジョグジャカルタのサルタンは、神から直接のみならず、神が選んだ霊体という仲介者を経由して神の啓示をサルタンに与えるために、神の指導を絶えず得るのである。

                     サルタン・ハメンクボヲノ9世の霊界の経験の一つから、各々のサルタンは天使のみならず先祖の霊からなる各種の幽体(makhluk halus)の仲介者を通じてアッラーに保護されていることがわかるのである。GRM Dorodjatun(後のサルタン・ハメンクボヲノ9世)がサルタンの地位に上った時Dorodjatunはジョクジャのサルタン国に不利な内容を含むランダとの契約に調印しなければならなくなった。しかし、同サルタンが受け取った霊界からのささやきのおかげでその契約書は調印されたのだった。上記のサルタン・ハメンクボヲノ9世の霊界の経験はTahta untuk Rakyat (Atmakusumah 1982:44)にこうある。<62>

                    このような状況の下、1940年2月のある夕方、Dorodjatunは夜に向かって暗くなりつつある中で横になって休んでいた時、彼は異常な体験をしたのだった。六時に向かって暗くなり始め、彼は本当に居眠りをしていたとは確かに言うことができないか、あるいは覚醒と睡眠の間にいたとき、彼は誰かがジャワ語でこう話しているのを聞いた。Tole, tekena bae, Landa bakal lunga saka bumi kene、「息子よ、契約に調印するがよい。オランダはこの土地から出ていくようになる」と。


                    南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (23)

                    0

                      第五節 南海冥府の女王と王の超能力

                       

                       これに続いて、マタラム王が持っていなければならず、南海冥府の女王に関係する超能力と魔力に関するWoodward (1999)とTwikromo(2006)の説と研究結果を見ることにする。ジャワの超能力の概念はサイヴァ、超能力に関する理想から発生している。Kasekten(超能力)はAndersonが1972年に発表したように、世界の全人類に命を与える物理的存在なのである。Suparlan(1976,1979)によると形を変えたいろいろなタイプの超能力があり、それはそれぞれの利用法とそのそれぞれのモラルの性質を有している。(まずはKoentjaraningratとWoodwardが1985年の論文に見られるジャワの文化の中の魔力のモラルの程度の問題であるが、超能力説に関しては後述する)。一般的に超能力は非道徳的であると理解されている。悪人の手で利する超能力は大きな危険を生じさせる。その反対に、サルタンの手中にある時破壊的超能力は社会の善行に利用することができるのである。

                       超能力は激しい修行を行うことかあるいは世界の超能力の一つの源を持つ個人の魂と合体することで得られる。ジャワの神秘主義の目的の一つは、それを一人ひとりに向けることによって世界の超能力の正道のための能力得ることである。この超能力は内実を形作るがゆえに、その人はとある対象に含まれていたりその中に内在されることができる。この超能力の対象は世代から次世代へと伝えられて遺産として呼ばれている。


                      calendar
                            1
                      2345678
                      9101112131415
                      16171819202122
                      23242526272829
                      30      
                      << April 2017 >>
                      PR
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      • 南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (29)
                        度欲おぢさん (08/29)
                      • 南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (9)
                        度欲おぢさん (05/28)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第九章 胡椒交易争奪戦とマラッカ海峡 (26)
                        度欲おぢさん (01/09)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第九章 胡椒交易争奪戦とマラッカ海峡 (20)
                        度欲おぢさん (01/01)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第八章 Demak王国の衰亡 (12)
                        度欲おぢさん (12/06)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第七章 Demakイスラム国の建国 (2)
                        度欲おぢさん (10/29)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (34)
                        度欲おぢさん (09/23)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (9)
                        コピーブランドバッグ (08/30)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (6)
                        度欲おぢさん (08/27)
                      • ヒンドゥー・ジャワ王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 前文 (9)
                        度欲おぢさん (07/04)
                      recommend
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM