南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(21)

0

     このように、南海の女王あるいは南岸の女王に関するいくつかの物語や伝承が存在する。どの話が正しいのかは各人の神秘体験によって異なる。同様に、南海の女王と南海冥府の女王が同一人物であるのかそうでないと解釈するのかも問題になってくる。著者自身は、この二人が別な人物であるという説である。南海に起因する日頃の行動や騒動、災害など良くないものを創造するのは、南海の女王の大臣であり将軍である南海冥府の女王なのである。それらが南海の女王の仕業であると理解する人たちが一般的である。この話の下にある説は、ジャワイスラムの神話によると誰が南海の女王であるかをもっとはっきりさせなければならなくなる。(この問題が正しいかどうか、著者はこれだけしか言えない。「神のみぞ知る」)。

     前出のBabad Tanah Jawiにおける南海の女王の物語に関する解説は、南海の女王の存在に関してそれがすでにあったとする概念を与えるかあるいはそれを強化するものである。これらの概念からいろいろなアイデアが浮かび上がってきてそれには、例えば南海の女王は霊界のたいへん美しい女王であるとか、尋常でない超能力を保持している、何にでも姿を変えることができる、人生の守護神、平和の守り神、漁民に恩恵を与える海の支配者などがある。これ以外に、上記のイメージとしばしば相対する、本当はほかの人物によって演じられているというイメージも浮かんでくる。この件に関連して、Srandil山(Adipala, Cilacap, Jawa Tengah)を行動の中心としている生存しているジャワの神秘主義者は、南海の女王は人間に対して本当にwelas asih (慈愛が籠って)いると言っている。しばしば犠牲者を出すのは南海の女王の兵隊であるNyai Blorongである。このNyai Blorongはしばしば南海の女王にmemba-memba(あたかも南海の女王のように姿を変える)のである。大多数の人たちは彼らが南海の女王に対面しているのかNyai Blorongに対面しているのかはわからないのである。もしそうなら事故に遭うこともあろう。

     

    続く


    南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(20)

    0

       上記のPanembahan Senopatiの恋物語によると、今に至るまでジャワの王になったPanenbahan Senopatiの子孫は南海の女王とのはっきりした深い関係がある。この関係とは、新王の即位式での行列の時、サルタンの横にしつらえられた席は南海の女王のためであるから、王妃はこの行列には加わらない。

       目には見えない幽界の支配者として、南海の女王はジョグジャカルタのサルタン国王が行政を行うための協力者となった。王国を転覆する種々の障害をはねのけるべく、同王は南海の女王の支援を得ることができるようになったのである。

       あるいは、上記の南海の配者の有する超能力をつうじて、ジョグジャカルタ王宮の支配者たちは、国王あるいは王朝、その国民を転覆させる種々の危険を避けるための「ささやき」をしばしば与えられているのである。この件は、ジョグジャカルタサルタン国の諸王は系譜によるといまだに南海の女王の子孫を形づくっていると理解されうるのである。

       

      続く

       


      南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(19)

      0

         南海の女王はこう申し述べた。「そのとおりで、女王一人だけです。望むのは支配する者がいないことです」。Senopatiは悲しみながら笑みを浮かべて「恋心に効く薬を頂けませんか」と。南海の女王は色目づかいをしながら「私はdukunではないので薬を処方できません。殿下は大王であらせられるのだから、わたくしよりずっと多くのものをもち不足などないことははっきりしています」と。Senopatiは心中憤慨してはいたものの感情がたかぶり、南海の女王を抱き上げた。

         その後Senopatiは三日三晩南海に滞在し南海の女王と夫婦として過ごした。Senopatiは人間界と幽界を支配する王になるのに必要な知識を毎日習ったのであった。<97>「姉上様、お教え大変ありがとうございました」と美しいSenopatiは言った。「そして、姉上様も信じていらっしゃり、その反対にMataramが敵に対面した時、あなた様に連絡するのは誰なのでしょうか?

         

        続く


        南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(18)

        0

           南海の女王は、ジャワ地方に障害が生じたときはいつでもジャワの王を喜んで支援する幽体の女王なのである。Panembahan Senopatiと南海の女王との契約に基づいて、この二つの王国は必要に応じて互いに支援しあっている。Babad Tanah Jawiの中で(Sudibyo, 1980: 105-106)、後日両王国が相互支援をするようになったPanembahan Senopatiと南海の女王との恋物語について以下のように描いている。

           Senopatiは南海の女王と異なる世界の住人であることを認識しつつ常に耐えていたが、彼は常に南海の女王に密着していた。南海の女王もSenopatiの感情を理解はしていたが常に慰めていた。Senopati ing Alaga[1]は微笑みつつ南海の女王にこう話しかけた。「姉上様、ご心中にあるように感情のせめぎあいをご覧になりたいようですね」。南海の女王は「問題はありません。私はお待ち申し上げているだけで、あなたにはその権利があります」と答えた。Senopatiは南海の女王に腕組みされて部屋に入った。二人は愛し合って結婚すると見えたのだった。

           Senopatiはゆっくりとこう言った。「姉上様、寝室を見せていただいて大変驚きました。天国というのがこういうのでしょうね。生まれて初めてこのような美しい飾りを見ました。この所有者につりあって魅力的で整っている。姉上様はMataramにお戻りすることを厭って、ここにお住まいになることを欲しているのでしょう。しかし、ここには足りないものが一つだけあり、それは男性がいないことです。見目麗しい男性がいたらなんと素敵なことでしょう」。

           

          [1] Panembahan Senopatiの別名


          南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(17)

          0

             その後、南海の女王はDanang Sutowijoyoと出会い、Danang Sutowijoyoの子孫がジャワの土地の王になるであろうし、子孫の全てが私の夫になると語った。Hamungku Buwono IX世までのDanang Sutowijiyoの子孫が南海の女王の夫であるということは不思議でも何でもない。Mbah Delikによると、南海の女王に会いたがらなかったのはHamungku Buwono X世だけであるとのことである。不思議なのは、歴代のジャワの王と肉体関係があったのにもかかわらず、南海の女王は一度も妊娠したことがないのである。(正しくは、妊娠できなくなっているのは確かに別世界の住人だからで、南海の女王が不妊ゆえに問題になっているのではない。)

             ジョグジャカルタ王宮の他の侍従たちによると(Twikromo 2006)、南海の女王は幽体の形をとり、ジャワの王と特別な関係にある。新マタラム王朝を建国して以来、Panembahan Senopati (新マタラム王朝の創始者)と南海の女王との関係は深かった。まだ存命してDesa Patranに住んでいる同侍従はこう語っている。

             マタラム王朝が建国されようとしたとき、Panembahan Senopatiは南海からの支援を受けようとし、Ki Juru MartaniはMerapi山からの支援を受けようとした。その時、Panembahan Senopatiに従うものはdotnas (800)人だけであり、babad alas (森林開拓)を行うことはできなかった。<96>南海からの幽体の軍隊の支援のおかげで、このalasが開拓されえたのである。

             

            続く


            南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(16)

            0

               この呪文を唱えて瞑想を行った後、普通は南海の女王に会い、彼の人生に関する指示を受ける。彼が人生上での幸運が続くよう願う時には、南海の女王は象徴的で比喩的な指示を与え、その人自身がそれを解釈するのである。

               この南海の女王はスマラン付近の出身であるNyai Plencingと言われている。彼女は元々機織りと毬を作るのが大変好きであった。<95>機織りに精を出している時に、彼女の美しさに魅了された男がいた。その男は彼女の家に入って彼女に会おうとした。一日中放浪していたので喉が渇いたから水をいただきたいとその男はNyai Plencingに話しかけた。忙しくしていたNyai Plencingは冷たく、私ものどが渇いているけれどまだ水を飲んでいないし、おしっこ以外に水はないと答えたが、そのおしっここそがその男の望むものだった。その後男はしつこくNyai Plencingを追いかけた。その反対にNyai Plencingは恐くなり、Merapi山の火口まで逃げた。彼女はその河口に飛び込んで自殺しようと思ったのであったが、死場所を湖にするよう老女が思いとどまらせた。この湖こそがほかならぬ南海岸であったのだ。南海岸に身を投げても彼女は死なずに、後日彼女の王国となる美しい家を見つけた。


              南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(15)

              0

                ++第五の物語 ジョクジャカルタ王宮のAbdi Dalem[1]よる南海の女王++

                 

                 これに続くのは、1911年に生まれたSlamet KarsodiharjoのKRT[2]による南の女王の血筋関する物語である。同氏は革命の時代、隊長に祭り上げられることがはっきりしていたのでスハルトに誘われた時に身を隠したから普通Mbah Delik[3]と呼ばれていた。かれもまたHamengku Buwono IX世の侍従であり、Mbah Marijian (Hamngku Buwono X世の侍従)の先輩でもあった。

                 彼の話によると、Mbah Delikも南海岸で南海の女王に会おうとしばしばHamengku Buwono IX世に誘われた。普通かれはPandan SimoでLegiの木曜日の晩に瞑想を行うのであった。南海の女王に会うためには、だれでもこの呪文を唱えなければならない。

                1. Putra wayah marak wonten ngersanipun Kanjeng Ibuu (女王様にお会いするべく子孫がやってまいりました)
                2. Putra wayah Ngersaaken sembah pangebekti wonten ngersanipun Kanjeng Ibu Ratu (子孫が女王様に尊敬の祈りを捧げたいことを申し上げます)
                 

                [1] 宮廷内の高級侍従゜

                [2] Kukuh Purwant氏によるとKanjeng Ratu Temanggung

                [3] ジャワ語で「目を大きく開く(刮目する)お爺さん」の意味


                南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(14)

                0

                   Biding Lautはこの嫁入りを拒否しなかったので、この二人は結婚することになった。その後、Biding Lautは東ジャワにあった王国に連れていかれた。

                   Biding Lautは、王に即位した夫と幸せな生活を送った。が、その幸せは長続きしなかった。宮廷使用人とBiding Lautが不倫関係にあると訴追する陰謀が巻き起こったのである。宮廷の決まりでBiding Lautは死刑になる判決を受けた。

                   この状況は王様の心を乱した。王は最愛の妻を死刑にはしたくなかったが、法律は順守しなければならなかった、そこで王は海路でBiding LautをBantenに送り返す策略をめぐらした。なんという運命だろうか。彼女と従者たちはインド洋側、ジャワの南岸に沿って進んだ。この移動中に強風を受けて彼らが乗った船が沈没してしまった。Biding Lautと従者たちは南海の側に沈んでしまったのであった。

                   

                  続く


                  南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(13)

                  0

                     しかし、大波はBiding Lautを生まれ故郷へは戻すことをしなかった。数日間、スマトラの西海岸を漂流した。彼女は空腹と太陽の熱で何度かわからないほど失神した。この苦境は船がバンテンのあたりのジャワの海岸に打ち上げられたところで終わったのであった。<93>

                     彼女を実際に見つけた漁民がその後Biding Lautを支援した。その新しい家でBiding Llautは上質の治療を受けた。Biding Lautはこの新しい家族と一緒にいて幸せを感じていた。彼女は心のこもった待遇を受けた。ほどなく、この件が村人の口に上りその最初の話題は彼女の美しさだった。

                    この地域に王がジャワ東部からやってきたと物語は続く。道中で休憩をとっている時、天国から舞い降りた天女のような大変美しい女性がその前を通り、王様の注意を引くそぶりを見せた。それに惹かれて、王様は実際にはBiding Lautである美しい姿に説明を求めた。Biding Lautの美貌に惹かれて、王様は彼女と結婚したいほどであった。

                     

                    続く


                    南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(12)

                    0

                       とある日、Biding Lautは兄弟たちに誘われてSibolga地区へ遊びに行った。Sibolgaの海辺から、Nias島に近いMarsalaという小島へ二艘の船で向かった。

                       Marsala島について、彼らは無人島の美しさを満喫したのであった。この時まで、Biding Lautは、自分を不幸にしようとしている兄弟たちの目的を知らなかった。Biding Lautは海岸からますます離れていく兄弟たちに付いていくだけであった。

                       昼近くになり、Biding Lautは疲れを感じて一休みしひと眠りした。彼女は一人きりに放置されるとは全く疑っていなかったため、この機会は兄弟たちがBiding Lautを島に一人で放置しておくための好機であった。

                       海岸でBiding Lautの兄弟たちは二艘の小舟でSibolgaに帰ろうとしていた。しかし、兄弟の一人が一艘だけを残しておこうと提案した。それは、もし二艘ともSibolgaに戻ったら疑われると彼は懸念したからであった。誰かが尋ねてきたときに、Biding Lautの乗った一艘は沈んでしまったといえるから、乗ってきた一艘だけを使うのが良かったからである。

                       しかしながら、この兄弟たちが計画したことは、運命がそうさせなかったので実現することはなかった。Biding Lautは目覚めると、Marsala島に一人ぼっちで取り残された自分を発見して驚いた。彼女は兄弟たちに会おうと海岸まで走った。しかし、一艘の船以外何も発見できなかった。Biding Lautはなぜ自分だけが取り残されてしまったのかがわからなかった。しかし、彼女は兄弟たちが自分を不幸に陥れようと画策しているなどとは全く考えもつかなかったのであった。長く考えることもなく、彼女は船に乗ってSibolgaの港に向かって漕ぎ出した。

                       

                      続く

                       


                      calendar
                           12
                      3456789
                      10111213141516
                      17181920212223
                      24252627282930
                      31      
                      << December 2017 >>
                      PR
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      • 南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (29)
                        度欲おぢさん (08/29)
                      • 南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (9)
                        度欲おぢさん (05/28)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第九章 胡椒交易争奪戦とマラッカ海峡 (26)
                        度欲おぢさん (01/09)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第九章 胡椒交易争奪戦とマラッカ海峡 (20)
                        度欲おぢさん (01/01)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第八章 Demak王国の衰亡 (12)
                        度欲おぢさん (12/06)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第七章 Demakイスラム国の建国 (2)
                        度欲おぢさん (10/29)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (34)
                        度欲おぢさん (09/23)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (9)
                        コピーブランドバッグ (08/30)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (6)
                        度欲おぢさん (08/27)
                      • ヒンドゥー・ジャワ王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 前文 (9)
                        度欲おぢさん (07/04)
                      recent trackback
                      recommend
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM