南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (11)

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    この女王には忠実で力のある女性の大臣、Nyai Rara Kidul(南海冥府の姫)がおり、この南海の王国はジャワの南岸に広がっていて王国内のいくつかの地域には知事がいる。古代の国のように南海の王国でもいろいろな儀式や伝統儀式などがあり、かれらも強力な海軍を有している。

    民間伝承ではMagelangとSemarangの中間にあるAmbarawa市に近いところに位置するRawa Peningの主でSarpo Bongsoがいる。このSarpo Bongsoはsilumanの一族と長いこと住んでいる初代のSilumanである。一方、Kanjeng Ratu KudulはSilumanではなく、数世紀前に彼女はジャワの王国の神であり、その大臣のNyai Rara Kidulは数千年前からの初代silumanなのである。

     

    左の写真は2007/2/4に撮影したParangkusmoのLove Stone.

    Batu Cinta(愛の石)と呼ばれる石は、民間伝承によるとこの場所がPanembahan SenopatiとKanjeng Ratu Kidulが出会った場所といわれている。


    南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (10)

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      1. Merkayangan

      このMerkayanganの世界で神秘的な状況もあり、必要な時には彼らに招待されて、たとえばwayang kulit (影絵芝居)を上演したり、協会の儀式に出席したりbatik(ジャワ更紗)や紙巻きたばこを作ったりする人間もいる。この世界で働いた人間は、我々の世界の通貨のようにこの世界で通用する正式な通貨で賃金が払われるのである。

       

      2. Jin-Siluman(水神)

      Yogyakartaや中部ジャワ訪問にでかけると、Parangkusmoを入口に持った南海の宮殿に住む強力できわめて美しい伝説上の女王のKanjeng Ratu Kidul – Ratu Laut Selatan (南海冥府の女王)などのsilumanに関する話を聞くことになるだろう。 このParangkusmoはPanembahan SenopatiとKanjeng Ratu Kidulが出会った場所として有名であり、この邂逅でKanjeng Ratu KidulはすべてのMataram王と王国を守ると約束したのであった。

       


      南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (9)

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        この住人たちの系譜によると、霊体には二種類がある。すなわち霊体として最初から創造されたもの。二つ目は死んだ人の霊からできたものである。人類と同じように、いいものと悪いもの、賢いものと愚かなものが存在する。普通、彼らは生活でしばしば霊力を使うか、あるいはその人生で神に向かって魂を進めようとしないものもある。

        もともと霊体として創造されたものは各々の世界に住んでいる。彼らは社会を構成しているゆえに、王や妃、大臣などの高位の地位に存在する霊体がいる。その反対に兵隊や使用人、労務者などの低位の地位に存在するものもいる。

        いくつかの世界から構成されている霊界での生命体の重要なものを次に示す。


        南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (8)

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          第二節    幽界内における南海冥府の女王

           

           多数のkejawen[1]の専門家たちは、この世界と似たもの、はっきり言うと人類が住んでいる世界を含めて七種類の世界があるという統一見解を有している。

           

           この世界はいろいろな生物に占められている七つの命の流れを有している。上記の七つの世界の生物は原則的にそれぞれの世界を取り扱っていて、彼らの行為は各々の仕事を有する各々の世界と交わることはない。<49>この七つの世界の中で太陽と人類と動物など肉体を持つものから構成される住人がいるのは人類の世界だけである。

           

           他の六つの世界の住人は光からできている身体をもつか見えない幽体という生物としてよく知られているものである。この六つの世界では太陽がないので明るい昼間は存在しない。存在するのは月光と明るい星の光の下の晴れた夜のような状況であるがゆえに。太陽のようなまぶしい輝きは存在しない。

           

          [1] (訳)クジゥエン:ジャワの大乗仏教・ヒンドゥー教的考えに基づいた伝統的風習。多くの風習が日本のそれと似ている。


          南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (7)

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            上記の要素以外に、諸原因は、Muharramの月10日(Asuro)とその月を祝わなくてならないと彼らが感じたいろいろな要素があった社会と個人の骨の髄まで確実にしみ込んでいた祈願祭をさらに生み出すことを伴う伝統儀式と霊的な儀式なのであった。なぜならば、この確信は最終的に神への信仰と帰依に流れだし、明らかに、それが間違いであると決められないような宗教的表現になった。そのじつ、ジャワ神秘主義の概念の一つでSuroの月の一日の記念祈願祭が南海冥府の女王(Kanjeng Ratu Kidul)とかれらを精神的な意味で結びつける一つの伝統儀式になったのである。


            南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (6)

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              1. Muharram月はSultan Agungの創意でイスラムとジャワ歴を一緒にした正月である。ジャワ社会では、Muharramの月はジャワにAji Saka[1]がやってきて、Aji Sakaより前の年代の人たちを支配していた巨大生物の遠足からジャワを解放したという月であると信じられている。これ以外に、この月はジャワ文字が生まれた月でもあると信じられている。この現象に対して、この巨人に似ているDewatacengkar (Dhewata Cangkara)とは実際に誰であったのかあるいはどんな生物であったのかという追跡調査が必要である。彼はアダム以前の人類もどきの生物の生き残りであったのであろうか?<48>
              2. インドネシアの南側の島々では、南海の女王として知られている南海の支配者(女王)とMuharramの月の聖なる関係についての信仰がある。
              3. Muharram月の10日、Asuroは、カリフのYazid bin Mu’awiyahの命令できわめて非人道的な方法でSayyidina Huseinを抹殺したことに象徴されるムハンマドの子孫とその同調者の72名の虐殺というイスラムの歴史の中でイスラム社会を大変混乱させた事件が起こった日である。この事件は、まずはAbu Sufyanの子孫の支持によるイスラムの政治グループによって、預言者ムハンマドの子孫を撲滅するための一連の殺人の実行の緒端となったのである。
               

              [1] (訳) Aji Sakaはジャワに文明をもたらし文字を伝えた伝説上のジャワの初代の王。


              南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (5)

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                ジャワ人ムスリム社会でSuroの月にお祝いされる理由の色々な資料を下記に示す。

                1. 宗教理論的にMuharramの月は神によって尊ばれる月の一つである。
                2. 預言者ムハンマドによって、Muharramは預言者たちの月と呼ばれ、預言者はこの月、特に10日とその前後の日を尊んでおり、そこで預言者は断食の行を行い、寄付金をより多くすることで孤児院を援助することを提案している。
                3. 半歴史的な見地から、Muharram月の10日は、ノアの時代における激しい洪水と大風があった後の新しい世界にとっての最初の日の記念日を構成している。Muharram月の8日にノアの箱舟がトルコのアララト山のJudiの丘に流れ着いた。Muharram月の10日に、助かったノアとその同行者は船を下り、新しい世界での生活を始めたのであった。Judiの丘それ自身の意味は人類が住み始めたばかりの丘ということである。
                4. Muharramの月の一日は預言者ムハンマドがメッカからマディナへのヒジュラの最初の日である。たしかに預言者はその二か月後にはじめてヒジュラを行った。夜間移動を行った約12日後のイスラム歴元年のRabi’ulの月の12日に預言者は初めてマディナに入ったと記録されている。従前からの親友の使節団のみならず、最初からマディナとその付近の住民たちとネットワークを作っていた。預言者のいとこたちも少しずつヒジュラに動き始めるように命令された。Utsman, Hamzah, Zaidが、Muharram月の一日の晩に出発するように預言者に命令されたと記録されている。

                南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (4)

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                   上記の表の例によると、ジャワ人にとって南海冥府の女王は、聖人とされたアッラーの代理人たちの聖霊と同じ地位を占めているとみられる。ジャワ人にとって、南海冥府の女王は、信者としての自分自身と神とをつなぐ関係を構築できる存在となっている。それゆえ、祝宴と祈願祭では南海冥府の女王の健在を、神の前でその存在を代弁する一つ象徴の形式で、具現化する必要があると考えられているのである。

                   ジャワ人ムスリム社会によるとはいえ、南海冥府の女王の霊はジャワ社会でSuro (Muharram)の月にお祀りする理由になっている。後の章で述べるいろいろな解説の内容を見ると、ジャワ人ムスリムの一部によって南海冥府の女王は、いろいろな仕事を調整したりおわらせたりするという使命を果たすうえで、アッラーが地上に下した天使と同列な聖霊の一つであると理解されている。この理解は、クルアンのAl-Qadr章の97/3節[1]にあることを意味しているように、一般的にLailatul qadar意味を土台にしている。

                   

                  [1] (訳) みいつの夜は、千月よりも優る。


                  南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (3)

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                     上表は、ジャワ人ムスリムにとって提供する各種食材は目的や道具ではない、例を与えたものである。物質化した意図と祈祷の象徴だけである。地域ごとに伝統や風習が異なるのでインドネシア全土では同じではないことは当然である。とはいえ、これらすべての行為の真髄は、アッラーに対して好意や便益、安全を与えてもらえるようにする祈りであり、したがって上記の行為がイスラム改変者、背教者のカテゴリーに含まれることをこれから直ちに述べることはできないのである。

                     

                     なぜなら、宗教は宗教上の戒律の点を最優先とする以外に、その宗教で神秘主義の形をとった信仰あるいは根本的な点である重要なことを最優先するからである。<46>特定の神秘主義に関する件は、見かけのシンボルの形でその形態を具現化する必要があるほかの人の本を読んで理解してほしい。これこそが預言者に教えられジャワ人ムスリムに守られてきた祝宴と祈願祭なのである。

                     

                    続く


                    南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (2)

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                      No.

                      祈願祭の供物

                      祀られる対象

                      Apem, ketan, kolak[1]

                      先祖の霊

                      Tumpeng nasi putihm、野菜、卵

                      平穏の申請

                      Nasi golong lulut[2], 土台をおいて卵焼きで閉める

                      四つの欲望でアッラーのしもべとしての自分

                      Nasi kebuli[3], 鶏卵,赤玉ねぎの揚げたもの, 揚げ魚,コーヒー粉。

                      Syaikh ‘Abd al-Qadir al Jailani

                      Ketan Salak[4]

                      Kanjeng Pangeran Senapati[5]

                      鶏などの内臓と線香など

                      輝きの守護天使

                      Ketan slakと味付きゆで卵

                      Kanjeng Sultan Agung

                      Kolak kencana[6]

                      Kanjeng Ratu Kidul (南海冥府の女王)

                      Ketan punar[7], enten-enten, 土台をおいて卵焼きで閉める

                      Ki Ageng Bdho

                      Dawet[8]

                      Sang Hyang Antaboga[9]

                      Rujak degan[10]

                      健康祈願

                      Ketan mancawarna (赤緑などに着色したおこわ)

                      神の恩恵が十分であるようにと

                      揚げたサンタンを入れたNasi kering[11]とopak[12]

                      四大元素のうちの空気

                      肉か魚と空芯菜の料理Sayur padhamara (pada mara)

                      常に仲良くイスラ願うムの戒律を守れるようにアッラーに求める

                      Tumpeng robyong[13]

                      常に安全と籠をアッラーに求める

                      Nasi punar[14]

                      Ijab Qabul結婚式の後に行われる祈願祭と子孫の安全を求める

                      Jenang pliringan (あかいjenangの周りを白いjenangで囲んだもの)、Jenang palang (赤いjenangの上に白いjenangを置いたもの), jenang sungsum[15]

                      カリフAbu Bakar, Umar, Utsumanと’Aliを称賛する

                       

                      [1] () 表末の写真参照

                      [2] () 表末の写真参照

                      [3] () 表末の写真参照

                      [4] () 表末の写真参照

                      [5] () 現在のマタラム王家の初代の王

                      [6] () 表末の写真参照

                      [7] () 表末の写真参照

                      [8] () 表末の写真参照

                      [9] () 表末の写真参照

                      [10] () 表末の写真参照

                      [11] () 表末の写真参照

                      [12] () 表末の写真参照

                      [13] () 第一章の写真参照

                      [14] () 表末の写真参照

                      [15] () 表末の写真参照


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