南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (17)

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     確かに、とある日Panembahan Senopatiが森で狩りをしていたとき、大変な美人に出会い、彼女の上品な言葉遣いに魅せられた。最終的に、その女性は森の中に一人だけ取り残されていたのでPanembahan Senopatiの住居に案内した。Panembahan SenopatiはWaliたちに、この女性は理想的な妻の候補かどうかを説明した。実際にはその通りであり二番目には結婚するようにとのことであったが、Panembahan Senopatiはwaliたちからの命令である40日間妻には触れないということを忘れてはいなかった。

     

     三日目に、彼の方針とジャワ島南岸へのジャワ社会の態度を変える出来事が起こった。すなわちPanembahan Senopatiが彼の妻の蚊帳の横でクルアンの読誦をしていた時、一人の男がその蚊帳の中にいるのを見てしまった。実際にはその蚊帳の中の男とは、妻のDewi Sri Pohaci (当時はCinde Mayaと名前を変えていた)の弟のJaka Manggalaに違いなかった。Panembahan Senopatiによる各章の読誦から発せされたエネルギーの熱に耐えられずJaka Manggalaの形が姉の恥部からはみ出ていたのであった。

     

     Panembahan Senopatiは妻が不正を働いてJaka Manggalaに追いかけられているかどうかをちょっと考えたが、彼が追跡できないほどの速さですばしこく逃げ出すことができた。住居に戻ってきたとき、Cinde Mayaは部屋にはおらず、正しく信仰を持つ男性であり夫であると納得したPanembahan Senopatiに対して羞恥心が働いたこともあって逃げ出したように見えた。最終的にCinde Mayaは自殺するつもりで南岸の崖の上に急いで行った。自殺しようとしたときに一人の男性が彼女の肩を抑えたためにCinde Mayaは自殺を中止することになった。この男性とは誰だったのだろう?


    南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (16)

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       南海の女王とはどういう関係だったのか。Aji SaktiにはDewi Sri Pohaci (しばしばCinde Mayaとも呼ばれる)とJaka Manggalaという二人の子供がいた。Dewi Pohaciの美しさのゆえに王族はもとよりたくさんの男が彼女を娶りたがっていたので、Aji Sakaは懸賞をかけてJaka Manggalaを超能力で打ち負かしたものをDewi Sri Pohaciの婿に指名することにした。時が流れても、どんな男性もJaka Manggalaを超能力で打ち負かすことができなかったゆえにDewi Sri Pohaciは物思いにふけるようになり、すぐには結婚できない自分の運命を悲しむようになった。Jaka Manggalaは姉のDewi Sri Pohaciをいつまでも深く愛していたが、姉のこの態度はJaka Manggalaに間違えた行為をしているという感じを持たせた。

       

       熟考の後、Jaka ManggalaはDewi Sri Pohaciの前から姿を消すことにした。姿を隠すが姉からは遠くにはいないという条件でDewi Sri Pohaciが理想の男性と結婚できるようにと。その方法とは?彼の超能力でJaka Manggalaは姉が理想の男性に出会うまで姉の恥部にもぐりこんだ。

       

       月日は流れ幾世紀の後、ジャワ手はイスラムの時代に入った。とある日にWali SongoはPanembahan Senopaiを呼び、彼が体験する大きな事件があることをを伝えた。Panembahan Senopatiは、お前の妻になる理想的な女性に出会うであろうが、結婚後40日間は肉体関係を持ってはならず、その間はあらかじめ決められた前庭で深夜の祈りを行うこと、と言われたのだった。

       


      南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (15)

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         Aji Sakaは論戦を挑み宝物を得ようとしたが、常にAji Saktiに否定されたため二人の兄弟の間で舌戦と実際の戦いになったが、Aji  Putihは常に謹厳実直であった。ここで、忠実な謹厳実直さはよい結果をもたらした。<54>兄弟の争いは勝負が定まらず何年もそして何世紀も続き今に至っている。この争いに飽き飽きしたため、Aji Sakaは最後には東部、正確にはBayuwangi(Alas Purwo)地域に行った。ここでAji Sakaは開墾を行い、Daha,Kediri, Singasari, MajapahitからMataramに至る代々の王国を建国した。「この父にしてこの子有り」と言われるように嫉妬と権力への狂気は常にAji Sakaの子孫の行く手に伴ったため、Ken ArokとTunggul Ametung間、Tribuana Tunggal Dewiから、Surakarta宮廷は現在Mangkunegaranの支配権争いでさらに二つに割れてしまったが、YogyakartaとSurakartaに二つに分割されたMatram王国までの覇権争いの歴史にみられるのである。

         Aji Putihはどうなったのであろうか?Aji Putihは子孫ともどもGaleuh Pakuan[1]王国を建国し、一方Aji SaktiはPajajaran王国を建国しただけで自分は王に即位せず大臣として国政に参加し、弟をAji Sakaの攻撃から常に守ったのである。

         

        [1] (訳) Galuh王国はその西側をPajajaran王国とCitarum川で接し、東側はCipamali川(Brebes)までであった


        南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (14)

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          第三節    南海冥府の女王は人間なのか幽体なのか

           

           著者がインターネットに掲載されている記事を焼き直したこの論文は記事の著者が不明である。

           南海の女王とはいったい誰なのであろうか。ヒンドゥー時代の昔、ちょうどAji Saka, Aji Sakti, Aji Putihの時代にさかのぼってみよう。この三人は双子でYamuna[1]河に近いインドの王国のSungging Perbangkala王と妃Ratu Dewi Arumbaの間に生まれた子供たちであった。彼らは成人し釣り合いの取れた超能力と普通の能力を備えたので、三人は王に、Cakra BijaksanaとTiwi Kramaに常にともなっている月下美人の接ぎ木の花の宝を奪い合うように懸賞をかけさせた。この宝を獲得したものは王に指名するということであった。王国の大臣、Abiyasa、がこの宝を遠くに放り投げた。その後、三人の王子たちはそれぞれの能力を使ってこの宝を追いかけたのだった。

           一時代が過ぎてその宝はインドネシアの付近、正確にはジャワまで達した。数か月間の捜索の後、かれらはジャワに到着した。

           

           時間的系列の話を省略すると、その宝物を発見したのはAji Putih (末っ子)であった。優雅で物静かな態度で、その発見の情報はAji Sakti (次男)にもたらされ、これはSang Hyang Wenang (現在の言葉では「神」)の意図であるとAji Saktiは語った。ついにAji Putihからその宝物を奪おうとする意図を持ったAji Saka (長男)に届いたが、Aji Saktiが防いだので宝物はAji Putihの手中にあった。その時、Aji Putihが、もし長兄がその宝を欲しがるなら与えようと言ったが、この宝ものを発見したものが王になるという父親の約束通りAji Putihこそ王になる権利を有することでAji Saktiはこれを謝絶した。

           

          [1] (訳) ウッタルプラデシュ州を流れるガンジス川最大の支流である。ジャムナー川とも呼ばれる。


          南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (13)

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            Kejawenで思ったような金持ちになるために呪文を唱えることは石像に対してではなく、あふれ出るほどの物質的な金持ちになるように人間を「好んで助ける」九つの霊に対してである。

            この九つの存在に対する祈祷は致命的な過ちであり、この彼らは人間の目にはこう映るのである。(1) Jaran Penoreh – 頭を後ろに向けている馬、(2) Srengara Nyarap – 犬が咬む、(3) Bulus Jimbung – 大きな亀、(4) Kandang Bubrah - 壊れた小屋、(5) Umbel Molor – 垂れた鼻水、(6) Kutuk Lamur – ナマズのような目がよく見えない魚、(7) Gemak Melung – よく啼く鳥、(8) Codot Ngising – 脱糞する蝙蝠、(9) Bajul Putih – 白い鰐。

            上に向かって礼拝したり「良い奉仕」を行って過ちを行ってしまった彼らにとって、彼らの心身は必ずsangkan paraning dumadi (聖なるもので、この世界で清く生活し聖な根所に戻る)条件の刑罰を受けるのである。彼らの魂が上記の世界で、最後の審判でアッラーが最終決定を下すまで刑に服すのである。<53>


            南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (12)

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              3. Kajiman

              彼らは貴族のような社会の古い家に住んでいて、他のsilumanとは似ているが、彼らは山間地域と高温地域に住んでいる。人は普通かれらをJimと呼んでいる。

               

              4. Demit

              この部族は山間部の緑が濃くて涼しい場所にいて、彼らの家は木と竹で作られた粗末なもので、彼らの体形は人間とほぼ同じであるが人間より小型である。Merkayangan, siluman, kajimanのように整然とした社会とは別に、demitには二つの社会がありその一つは端的に言うと正直で聖で慈愛に富んだ人たちのものである。不完全な霊的存在である。<52>

               

              上記の永続的な七つの世界以外に、人間として生きていたときに犯した間違いゆえに悩んでいる悪人の霊が存在する、中間の世界がある。

              過ちを犯した人間はかならず自分の犯した過ちのために刑に服し、その刑罰はこの世に生きている間に贖うことも可能であり、あるいはより悪いものは死後の世界でつぐなうのである。他人にぬれぎぬを着せたり、正直でなかったり、prewangan(霊体に自分の体を提供した人)、黒魔術・呪術で他人の病気にさせたり殺したり、通常でない方法を用いてほかの人を好きにさせる惚れ魔術を使ったり人を殺したり、人を侮辱したりする行為を行った人である。


              南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (11)

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                この女王には忠実で力のある女性の大臣、Nyai Rara Kidul(南海冥府の姫)がおり、この南海の王国はジャワの南岸に広がっていて王国内のいくつかの地域には知事がいる。古代の国のように南海の王国でもいろいろな儀式や伝統儀式などがあり、かれらも強力な海軍を有している。

                民間伝承ではMagelangとSemarangの中間にあるAmbarawa市に近いところに位置するRawa Peningの主でSarpo Bongsoがいる。このSarpo Bongsoはsilumanの一族と長いこと住んでいる初代のSilumanである。一方、Kanjeng Ratu KudulはSilumanではなく、数世紀前に彼女はジャワの王国の神であり、その大臣のNyai Rara Kidulは数千年前からの初代silumanなのである。

                 

                左の写真は2007/2/4に撮影したParangkusmoのLove Stone.

                Batu Cinta(愛の石)と呼ばれる石は、民間伝承によるとこの場所がPanembahan SenopatiとKanjeng Ratu Kidulが出会った場所といわれている。


                南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (10)

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                  1. Merkayangan

                  このMerkayanganの世界で神秘的な状況もあり、必要な時には彼らに招待されて、たとえばwayang kulit (影絵芝居)を上演したり、協会の儀式に出席したりbatik(ジャワ更紗)や紙巻きたばこを作ったりする人間もいる。この世界で働いた人間は、我々の世界の通貨のようにこの世界で通用する正式な通貨で賃金が払われるのである。

                   

                  2. Jin-Siluman(水神)

                  Yogyakartaや中部ジャワ訪問にでかけると、Parangkusmoを入口に持った南海の宮殿に住む強力できわめて美しい伝説上の女王のKanjeng Ratu Kidul – Ratu Laut Selatan (南海冥府の女王)などのsilumanに関する話を聞くことになるだろう。 このParangkusmoはPanembahan SenopatiとKanjeng Ratu Kidulが出会った場所として有名であり、この邂逅でKanjeng Ratu KidulはすべてのMataram王と王国を守ると約束したのであった。

                   


                  南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (9)

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                    この住人たちの系譜によると、霊体には二種類がある。すなわち霊体として最初から創造されたもの。二つ目は死んだ人の霊からできたものである。人類と同じように、いいものと悪いもの、賢いものと愚かなものが存在する。普通、彼らは生活でしばしば霊力を使うか、あるいはその人生で神に向かって魂を進めようとしないものもある。

                    もともと霊体として創造されたものは各々の世界に住んでいる。彼らは社会を構成しているゆえに、王や妃、大臣などの高位の地位に存在する霊体がいる。その反対に兵隊や使用人、労務者などの低位の地位に存在するものもいる。

                    いくつかの世界から構成されている霊界での生命体の重要なものを次に示す。


                    南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (8)

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                      第二節    幽界内における南海冥府の女王

                       

                       多数のkejawen[1]の専門家たちは、この世界と似たもの、はっきり言うと人類が住んでいる世界を含めて七種類の世界があるという統一見解を有している。

                       

                       この世界はいろいろな生物に占められている七つの命の流れを有している。上記の七つの世界の生物は原則的にそれぞれの世界を取り扱っていて、彼らの行為は各々の仕事を有する各々の世界と交わることはない。<49>この七つの世界の中で太陽と人類と動物など肉体を持つものから構成される住人がいるのは人類の世界だけである。

                       

                       他の六つの世界の住人は光からできている身体をもつか見えない幽体という生物としてよく知られているものである。この六つの世界では太陽がないので明るい昼間は存在しない。存在するのは月光と明るい星の光の下の晴れた夜のような状況であるがゆえに。太陽のようなまぶしい輝きは存在しない。

                       

                      [1] (訳)クジゥエン:ジャワの大乗仏教・ヒンドゥー教的考えに基づいた伝統的風習。多くの風習が日本のそれと似ている。


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