南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (29)

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    毎年、特別な伝統行事の一部がgarebeg[1]の儀式や他の国家的儀式の催行をもって行われている。この件は超能力の一部が国民にしみこむことを可能ならしめている。宮廷から持ち出すことができるものが何かを決めることができるのはサルタンのみである。その選択は各々の宝物に込められた超能力の種類と国民たちに必要な条件で決定されるのである。

    王とのその代理人は、彼らが長時間にわたる苦行を行う能力があることで尊敬されている。これは、洞窟の中や川のほとり、樹上あるいは人が入らないような森の中の石の上が一般的な断食を含んでいる。正統な伝道師たち、Sunan Kalijaga、Senopati、Sultan Agungは何週間や何カ月にも及ぶ断食修行耐えられると信じられている。彼らもまた、海水を煮立てたり全世界を破壊することができる超能力を備えていると信じられている。その大部分は世を捨てることによって諸王が敵を降参させたり霊界を支配するための能力を醸成することである。すでに試みた多数の人たちはいるが、諸王のみならず昔の伝道師によって行われたことに近づくために苦行を行ったが誰一人として成功したものはいないと広く信じられている。<66>二世紀余りにわたるオランダのジャワ支配と彼らの権力(西洋的理解による)は、ジャカルタの分割された政府によって承認されこの地位に関する重要証拠として取り上げられた。ハメンク・ブヲノ10世は、彼自身が正当な軍隊の司令官になった最後の王であるからたぶん除外されるであろう。現代の諸王の不可能さは修行を行うことで、その影響として、驚異的な新しい権力の集合を吸い込むことができなかったことは、輝かしい王朝時代の権力を囲んでいる宝物に対する極端な礼拝の発展に影響を与えた一つの要素である。

     

    [1] 一年に三回行われるジョグジャカルタ王宮の伝統儀式。


    南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (28)

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      南海冥府の女王という点以外にも、このような遺産建造物はジャワの宮廷の信仰では極めて重要な役割を果たしている。各々の遺産建造物は常にジャワあるいはイスラムの歴史において権力を有した特定の人物と関係している。(遺産構造物の大多数はSenopatiあるいはSultan Agungの所有であると信じられている。そうでないものはイスラムの伝道師とムハンマドの幾人かの子孫と関連付けられている。) この中部ジャワの第二の宮殿は数百の遺産を有している。その中で最も重要なのは各種の儀式の際にジャワの男性が用いる短刀Keriや槍、18世紀の宮廷馬車、ガメラン、聖典、ジャワへのイスラム伝道師たちとムハンマドに対する信仰である。この遺産のいくつかの部分は軍事目的として特別に利用され、その他は病虫害(稲に損害を与えるネズミと害虫)、さらには豊作と畜産の成功を祈願するため、またイスラムへの改宗する一助のための神秘的能力を有するのである。<65>ムハンマドの誕生記念祭の儀式で宮廷のモスク広場で演奏されるGemelan sekaten(中部ジャワの伝統儀式に用いられる音楽)はここの神秘的能力があると信じられている。このGamelanは一般的な楽器と比べると二倍の大きさがあり[1]、数キロメートル先からも聞こえるほどである。伝説によるとこの楽器はヒンドゥー教徒をモスクに誘うためにDemakの初代サルタンが使ったものだとのことである。Kartasuraの宮廷が所有している二つのgamelanがある。宮廷が二つに分かれた時、一つはジョクジャカルタに、もう一つはまだスラカルタに与えられた。それぞれの宮廷は必要に応じてレプリカを所有している。モスクで演奏される音の一つは南海の女王が調律したものと言われている。それは受難したその子フセインの死の故にムハンマドの姉妹の悲しみに似ていると信じられている。

       

      [1] ()ガメランに詳しい友人の話では楽器の大きさは2倍とまではいかないとのこと。


      南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (27)

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        南海冥府の女王と出会うための伝統儀式と瞑想を行うために、ジョグジャカルタのサルタンは南海地域に行くことは必ずしも必要とされないがゆえに、宮殿の中にも南海冥府の女王と出会うために特別にしつらえられた場所がある。ジャワ人たちはジョグジャカルタの宮殿のTamansariにあるGumulingの井戸とUmbul Binangunはジョグジャカルタの宮殿と南海にある宮殿とをつなぐ地下トンネルを有していると信じている。

        Gumulingの井戸 

        Umbul Binangun

        この地下トンネルはサルタンHamengku Buwonoが南海冥府の女王と連絡を取りたいときのルートであると信じられている。Tamansari自体はサルタンHamengku Buwono一世が1758年に建設したものである。Praja Tamansari群こそが、サルタンと南海冥府の女王が出会うための特別な部屋としても建てられたのである。


        南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (26)

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           それ故、ジョクジャカルタのサルタンたちの本質は、彼らがPanembahan Senopatiの子孫であることゆえに南海冥府の女王と特別な関係を保持していると信じられている。実行されている上記の関係とは個人的なものでありわずかな人たちしか知らないのである。<63>ジャワ人の視点とは言え、上記の関係は、サルタンが国民の安寧秩序に対する重大な責任を負っている故に王国全体の必要性によって保たれているのである。上述のように、王国の本体に障害が生じた時はいつでも相互扶助するためのPanembahan Senopatiと南海冥府の女王との約束にその源がある。Hamengku Buwono X世の弟の一人はこう解説している。(Twikromo, 2006)

          サルタンは南海冥府の女王と確実に関係を持っている。上記の関係はサルタン個々人に大きく依存している。その関係の形については、きわめて個人的で特殊であるから私は解説できない。

           ところが、Segara Kidul (Parangkusmo)の沐浴場の管理人は南海冥府の女王とサルタンとの関係をこのようにはっきりと述べている。

          ジョグジャカルタの宮廷のサルタンは昔から南海冥府の女王との関係を有しており、そのすべては神秘体験である。その昔から代々その種を有しているため、南海冥府の女王は王となったPanembhan Senopatiの子孫を常に助けているのである。ジャワの風習によると、Kanjeng Sinuwunがpeteng penggaliheの(重要な問題で頭を痛めている)時に彼は南海冥府の女王の支援を得るために瞑想を行う。<64>この瞑想は、全知全能の神に願うためにジャワ人にとってすでに義務となっている。サルタンHamengku Buwonoと南海冥府の女王との交信の結果は、オランダ支配時代のみならず現在もジョクジャカルタのサルタン国の安寧秩序となっている。

           


          南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (25)

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             事実、Dorodjatunがその契約に調印してサルタンの地位に上がった時、長い闘いなくしてオランダはインドネシアの地から出て行ったのであった。サルタン・ハメンクボヲノ9世は受けた啓示に対して深い信頼を寄せたので、調印前に契約書の内容を読むことなしにこれに署名したのであった。崩御するまで、ハメンクボヲノ9世は、この時調印した契約の内容は知らないままであった。

             

             ジャワの思考方法のフレームでは、この「ささやき」はこの世界に存在する権力を手中に入れることができた人にしばしば受け入れられているのである。王にとって、受け取った幽体との体験やこのささやきは、王は全域で行政と施政のために存在するものであるから、王国や全国民の必要性のために用いられると考えられている。歴史の傷で書いたように、Pangeran Mangkubumi(皇太子の弟がなる首相)がジョグジャカルタの王宮を戦略的な場所に置いたことで、瞑想や苦行、断食など神や超自然世界の生き物からの指示を行ったのであった。このような方法こそが、絶えず国民を指導していけるような王が本来行わなくてはならないことであった。上記の超自然社会での存在の一つがKanjeng Ratu Kidul (南海冥府の女王)であった。

             


            南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (24)

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               サルタンの最も大事な義務の一つは王国内で最も大切な超能力の源泉を支配することである。これは次の三種類の方法を通じて成し遂げられる。<61>(1) 王の権威と過去の伝道師を守る遺産を所有していること、(2) 他の超能力の源泉を支配し所有している超能力を開発発展させること、(3) 強力な霊である南海の女王との関係を保ちきわめて強力な霊界の軍隊を率いること。

               このように、ジョグジャカルタのサルタンは、神から直接のみならず、神が選んだ霊体という仲介者を経由して神の啓示をサルタンに与えるために、神の指導を絶えず得るのである。

               サルタン・ハメンクボヲノ9世の霊界の経験の一つから、各々のサルタンは天使のみならず先祖の霊からなる各種の幽体(makhluk halus)の仲介者を通じてアッラーに保護されていることがわかるのである。GRM Dorodjatun(後のサルタン・ハメンクボヲノ9世)がサルタンの地位に上った時Dorodjatunはジョクジャのサルタン国に不利な内容を含むランダとの契約に調印しなければならなくなった。しかし、同サルタンが受け取った霊界からのささやきのおかげでその契約書は調印されたのだった。上記のサルタン・ハメンクボヲノ9世の霊界の経験はTahta untuk Rakyat (Atmakusumah 1982:44)にこうある。<62>

              このような状況の下、1940年2月のある夕方、Dorodjatunは夜に向かって暗くなりつつある中で横になって休んでいた時、彼は異常な体験をしたのだった。六時に向かって暗くなり始め、彼は本当に居眠りをしていたとは確かに言うことができないか、あるいは覚醒と睡眠の間にいたとき、彼は誰かがジャワ語でこう話しているのを聞いた。Tole, tekena bae, Landa bakal lunga saka bumi kene、「息子よ、契約に調印するがよい。オランダはこの土地から出ていくようになる」と。


              南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (23)

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                第五節 南海冥府の女王と王の超能力

                 

                 これに続いて、マタラム王が持っていなければならず、南海冥府の女王に関係する超能力と魔力に関するWoodward (1999)とTwikromo(2006)の説と研究結果を見ることにする。ジャワの超能力の概念はサイヴァ、超能力に関する理想から発生している。Kasekten(超能力)はAndersonが1972年に発表したように、世界の全人類に命を与える物理的存在なのである。Suparlan(1976,1979)によると形を変えたいろいろなタイプの超能力があり、それはそれぞれの利用法とそのそれぞれのモラルの性質を有している。(まずはKoentjaraningratとWoodwardが1985年の論文に見られるジャワの文化の中の魔力のモラルの程度の問題であるが、超能力説に関しては後述する)。一般的に超能力は非道徳的であると理解されている。悪人の手で利する超能力は大きな危険を生じさせる。その反対に、サルタンの手中にある時破壊的超能力は社会の善行に利用することができるのである。

                 超能力は激しい修行を行うことかあるいは世界の超能力の一つの源を持つ個人の魂と合体することで得られる。ジャワの神秘主義の目的の一つは、それを一人ひとりに向けることによって世界の超能力の正道のための能力得ることである。この超能力は内実を形作るがゆえに、その人はとある対象に含まれていたりその中に内在されることができる。この超能力の対象は世代から次世代へと伝えられて遺産として呼ばれている。


                南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (22)

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                  最重要やジャワの「勝利への崇拝」の要素を啓示が形作っているとはいえ、それに関して傾注するのは、王が宗教上の証明書の源と他の超能力の権限をコントロールすることを彼が可能ならしめるという事実から始まるのである。彼は繁栄と社会の調和の最後の源であるからして、彼は王を権力の正道と良い人間性を形作る神の恩恵に向かわせる。上記の宗教上の証明書と権限の源をコントロールする形のひとつは、南海の支配者である南海冥府の女王と王を結びつけるネットワークなのである。したがって、ここでの南海冥府の女王の立場は例えば王とアッラーとをつなぐ橋のようなものであり、神から王への啓示の一つの方法は上記の南海冥府の女王という霊的な存在を仲介するものである。


                  南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (21)

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                     必ずしもすべての王が啓示を受けたわけではなく、啓示を受けた王も、アッラーの目的を満足させられそうになかったり、過度の威光で宗教上の義務を無視した場合には、消滅したのである。これが生じるとこの王の性格が過激的に変化し、慈愛の心が変化して争いを好むようになり国民を搾取するようになる。Moertonoは、啓示を失った王を「その前に置かれた木と戦うヤギ」と同じであると言っている。(1969:74) Babad Tanah Jawaは、啓示を失った影響についてこう述べている。<59>

                     王の行動がそれまでと変わった時、しばしば厳しく刑を言い渡したり残虐な行為をするようになる。王宮の高官と宮廷官吏、王の親戚たちは自分たちの地位を心配するようになり、しばらくすると秩序が激しく崩れる。Mataramの全国民は不安感を持つようになり、日食や月食が頻繁におこるようになり、季節外れの雨が降り、毎晩流れ星が見えるようになる。火山の降灰と地震が何回も起きる。多数のきざしがみられるようになる。これこそが王国が衰亡に直面する予兆なのである。

                     ジョクジャカルタとスラカルタの社会の一部では、現代社会におけるこの二つの王国の利点を開設するために啓示という概念をしばしば用いるのである。幾人かの人たちは、この二つの王国は衰亡をたどりつつあり、彼らへの啓示はOrde Baru(新体制)時代のインドネシア大統領のスハルトに移ってしまったと言っている。この見解は、多くの政治的な後退と独立以来の自然災害を体験したスラカルタで一般的になっている。そこの宮廷の大部分が1987年に火事で焼失した際、王族の人たちのみならず大衆も宮廷への啓示がすでに消滅しもう戻っては来ないと見たのであった。この状況で、スラカルタは、ジャワ人がデマックとマジャパヒトを見るように、すなわち魂がこもっていたことがあった国としてよりも歴史への崇拝要素としての方が勝っている、なり始めたのであった。この状況はジョクジャカルタとは異なっており、同地ではHamengku Buwono IXが確実に啓示を有しており霊界から十分な支持を得ていると信じられている。与えられた啓示はその王国を援護する特殊な形であるからゆえに、日本占領下であっても革命など中部ジャワでの政治的な混乱の時代でもそのまま維持されたのである。


                    南海冥府の女王 第二章 ジャワイスラム神秘主義と南海冥府の女王 (20)

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                      ジャワ文学で啓示を受けた人でもっとも有名な人の一例は、落ちた流れ星を通じて啓示を受け取ったとされている、マタラム王朝の創始者Panembahan Senopatiである。<58>この神話は啓示の意味がそのことを通じた神の約束の託宣であったとみられる。光からなる星や光線は、それを通じて発表されたアッラーの権威の道であり、創造に関するスーフィーの理論では命の源泉、天国と地獄、アッラーの王座と全ての存在であり、啓示の象徴となっている。アッラーはしばしば白い光線で代表され、クルアンの中の例え話の理解によってこのように言われるのである。星も預言者ムハンマドの啓示の象徴として有効である(Al’Qur’an/53:1)[1]

                      ジャワ人は啓示に何種類かあると信じている。もっとも重要なものは大臣と軍隊、イスラム教師を伴った王である。アッラーがこの世で何かを成し遂げようとしたときに、神は適切な人間を選び出し、この仕事を実行することを可能ならしめるような啓示を送るいうことがしばしばみられる。

                      この啓示はアッラーが下したものであるが故にもそれを受け取った個人はその仕事の途中で失敗することはなく、この問題がいかに大きくとも小さくともまったく気にしないのである。この限られた範囲において、行動はアッラーの意志通りに直接動かされるのである。啓示によってその権力を得た王は転覆させられたりその罪や間違いに降伏させられることがない。その人は、この世のアッラーの代理人としてKalifatullahと呼ばれる。Serat Centhini (Mudjanto 1986:107)は、アッラーの代理となった預言者ムハンマドの代理が王であると述べている。スラカルタのPakubuwono 14世は、自分を神の代理人だと考え、神に対して反逆すると同じように王宮の権威に反対することを同一視することによってこの状況をより明確に発表している。(Mudjanto 1986:107)

                       

                      [1] 星章(アン・ナジュム) マッカ啓示62節

                      1.沈みゆく星にかけて(誓う)。

                       


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