南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (28)

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    このようなことで、(上記の‘Abdurrahman bin ‘Aufに対する預言者ムハンマドの物語の前後関係はどうであれ)祈りと感謝の後で食事をとるという形で寄進として目されいろいろな好みに合わせて同じように分配された食べ物を提供する形でジャワ社会の伝統にある祝宴は預言者ムハンマドの教えと軌を一にしているのである。上記の物語においてそのwalimah(祝宴)は「屠るのがヤギ一頭であったとしても」と確かに述べている。<37>例えば、アラブ社会では、ヤギを200700頭所有していたとしても金持ちとは評価されない。それゆえ、上記の物語の意味は「実力に合わせただけで(見栄を張らずに)祝宴を行う」ということである。そして上記の宗教の教えは、ジャワのムスリムによって祝宴、祈願祭、祈願式、先祖のお墓参り(pesadranan)とこれらに類する形で表現されている。

    このように、祝宴、祈願祭、祈願式と名付けられているものは一般的に大罪や背教、不信心と言うことができないことがわかるのである。目的がどうであるかまた何を実行についての理解によるのである。ジャワ人にとって、これを行うことのすべては、目的ではなく、行われたことが安全をもたらすという確信によるものでもない。これらすべては、アッラーが人間に恩恵と平安を与えるようにアッラーとの関係の仲介役としてのみ行われる。

     続く


    南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (27)

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       預言者も、祝宴、特に結婚披露宴に招待されたときには、招待客はそれに応じることがよい、と言っている。

       Ibnu Umar r.a.でこう述べられている。「預言者はこうおっしゃられたことがあった。『あなたが誰かを宴会に迎えに行くときはあなたもそれに臨席するのがよい』。」(Al-Bayan, No. 827)<36>

       

       上記のハディスは、Imam al-Bukhariのal-Nikahの章のNo. 4775と4781、Muslim のal-Nikahの章のNo. 2574、ald-Turmidziのal-Nikahの章のNo.1017、Abu Dawudのal-Ath’amahの章の3246-3250、Ibn Majah のal-Nikahの章のNo.1904、Imam Malikのal-Nikahの章のNo.1001、al-Darimiのal-Adhahaの章の1992、al-Nikahの章のNo.2108、Imam Ahmad bin Hanbal第二章20,22,37,61,68,95,101,127,146ページに出ている。

      祝 宴への招待において一般人と賓客は区別される慣習はこの当時から既に存在した。このことを預言者は「大変悪いこと」と述べている。

       Abu Hurairah r.a.からの話では、預言者は「悪い食べ物は、金持ちたちだけが出迎えられて貧乏人は出迎えられない祝宴の食べ物である」と語ったことがあると述べている。出迎えられなかった人は実はアッラーと預言者に対する背命行為を行ったのである。(Al-Bayan, No. 828)

       

       上記の物語はUmam ak Bukkhariによるal-Nikahの章のNo. 4779、もMusliによるal-Nikahの章のNo.2582、Abu Dawudのal-Arh’amahのNo. 3251、Ibn Majahのal-Nikahの章のNo.1903、Imam Malikのal-Nikahの章のNo.1002、al-Darimiのal-Arh’amahのNo.1977に出ている

       

      続く


      南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (26)

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        ジャワにおいてSunan Ampelと伝道者たちの宴会の執行における変更は、上記の伝統儀式は預言者ムハンマドによって提案された変更であるからでもあったが、単に「五つの快楽の儀式」の変更されたものではなかった。Sunan Ampel自身はペルシャのMaulana Ishakの子孫であり[1]、そこでは宴会の伝統儀式は強力な宗教の伝統となっており、その後にベトナム南部のチャンパに広まり、その後ほかの伝道者たちと同行したSunan Ampelによって拡散されて以来、ジャワに広まったのであった。<35>

        今までかつて議論の余地がなかったアラビア語専門家からのAl-walimahの意味についていろいろな面に注目してみると、アラビア語からインドネシア語あるいはマレー語のいろいろな辞書によれば、aulimという語はwalaa-imの複数形のal-walimahからamr(命令)の形であり、インドネシア語-アラビア語辞書では祝宴として意味づけられている。(Munawwir & Fairuz, 2007: 423) 一方、aulamaという語は宴会を催すという意味のwalimahからつくられたものである。Kamus(辞書) al-Munawwirではaulamの語はshana’a walimah(宴を行う)、食事会を開く、祝宴として(Munawwir, 1997:1581)、あるいは宴会をしている(al-Qusyairi, t.t.:610)と意味づけられている。

        それゆえ、後世の一部のムスリムによってwalimahの語が結婚披露宴にだけ適用する意味を与えられたとすると上記のハディスの書かれた背景からはとても遠いことが確かであり、またこの宴会は「善行」とは呼ばれているのではあるが、預言者が提案したことのなかった、預言者の示した正しい道から外れたイスラム改新者の行動とされたこの宴会は拒絶された。その文章がwalimat al-‘ursi(結婚披露宴)の意味であるなら、これを除くものである。(Munawwir, 1997:915)

        このような理解は、預言者ムハンマドの指導からの応用を調査研究したくないという信仰上の高慢さから生まれてきたとともに、同時に信仰上の善行の一部として大衆の文化の現実に対して目をつぶることから生じたものである。

         

        [1] (訳) Slamet Muljana教授によるとSunan Ampelはチャンパ在住の雲南人の有力者であった彭強(Bong Tak Keng)の孫で1445年にパレンバンに派遣された。ペルシャ人ではない。Maulana Ishakはこの彭強の娘婿である。Maulana Ishakもチャンパからの来訪者である。


        南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (25)

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          続いてIbn Mandzurは、上記の預言者のお言葉に関連して、al-walimah(結婚披露宴)は、屠殺された家畜の所有者たちによって提供された食事として意味づけられる、といっている。それゆえ、預言者の命令である上記のaulim walalu bi-syatinは屠殺されたものの食物を提供することとして意味づけられる。サウジアラビア付近の伝統では、結婚披露宴のための最小のいけにえはヤギである。

          上記のサウジアラビア式の祝宴を、著者は2006年の聖地へのハッジを行ったときに体験した。Mekah al-MukarramahM’had Sayyid ‘Abbas di Sari’ Sittinで行われた祝宴に筆者は臨席したのだった。一方ジャワにおいて、Sunan Bonangに続くSunan Ampelの時代から、大多数の庶民の経済的能力の面から検討され、祝宴に供される上記のいけにえに使われるのは鶏か魚であった。<34>

          この祝宴の伝統儀式はまず、オープンで広い場所(ksetra)で行われる「五つの快楽(pancamakara)」の儀式として知られている、肉(mamsa)、魚(matsya)、酒(madya)、乱交(maithuna)と印相(mudra)の提供の一種の儀式の風習の解決策としてのものである。Sunan AmpelSunan Bonangによって上記の儀式はイスラム化され、その地域で、供されるものは、nasi tumpeng、鶏肉、ヤシの種類からつくられた甘いお茶に替えられた。(Sunyoto, 2004: 125-127)上記の儀式は当初、その信者の一人がAdutyawarman王であったBairawa-Tantra派によって行われた。(Moens, 1924)

           

          続く


          南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (24)

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             私はZainabの結婚披露宴に臨席した。預言者は、パンや肉を多数の人たちにふるまっていた。預言者は客を迎えるように私に指示した。彼らが食事を終わった後、預言者は立ち上がって歩き始めたので私もついていった。その時、二人の男性が楽しそうにおしゃべりをしており、まだ退席していなかった。預言者が妻たちと会うために部屋に入ったとき、師は彼女たちの一人一人にアッサラームアライクムと挨拶した。みんな元気かいと。彼女たちは口をそろえて、「はい預言者様。奥様はいかがお過ごしですか」と尋ねた。預言者は「元気でおります」と答えた後、私とともに戻った。扉まで達した時にさっきの二人の男性がまだ楽しそうにおしゃべりをしていたのが見えた。預言者が戻ってきたのを見た彼らは立ち上がって預言者の家を出て行った。彼らがなぜ出て行ったのかはわからなかった。彼らが帰るように仕向けたのかあるいは彼らが帰るようにとのご託宣が預言者にあったからなのか。私とともに帰ったあと師が敷居に足をかけたとき師は私との間にカーテンを下ろし、その時に「預言者の家には許可を得ないで入ってはいけない」とのごアッラーの宣託があった。(Al-Bayan, No. 826)

             

             上記の話はImam al-BukkhariのTafsir al-Qur’an No. 4419, al-Nikah No. 4773, Al-Usti’dzan No.5769、MuslimのAl-Nikah No. 2565、al-TirmidziのTafsir al-Qur’an NO. 3141&3142、al-Nasa-I の、Al-Nikah no. 3200, 3334、Abu Dawudのal-Ath’mah No. 3253、Ibn MajahのAl-Nikah No. 1898に出ている。

             

            続く


            南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (23)

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              アラビア語でwalimahとはインドネシア語で宴会を意味する。マレーシアとシンガポール版の上記のハディスの解釈本に注目すると、上記のハディスにあるaulimという語は全体的に「宴会を催す」という意味に訳されそのような意味を持たされていることがわかる。Kenduri(宴会)という語は、アッラーへの祈祷の後での食事会を意味するペルシャ語のKanduriが語源である。イランでは、その意味とは、ムハンマドの娘であるSayyidatina Fathimah al-Zahraへの礼拝の後の食事会である。

              Al-walimahは、縛ることあるいは馬の鞍を意味するal-walmual-walamという語幹を有している。その意味は、決心ゆえに背中の部分を縛ることで強化された胸部を強化する紐なのである。(Lisan al-‘Arab, 2003: j.9, 403ページ)<32>この基本的な意味をもとに、walimahが、友情を再度密着させて強化させる形として、食事を提供するという意味を持つようになった。Walimahあるいはこの食事の提供は、肉親の情や友情の具現に関連したものでありさらに強力になる。だからその時の料理は毎日の食事と異なって特別に料理するのである。

              Ibn Mandzur (2003: 9/403)によると、Al-walimahは結婚披露宴あるいは何かの所有を意味する宴に供される食物として理解できる。その意味は、幸運とともに歓喜の感情がやってこさせる神の御恵みと所有の観点ゆえに、提供される食物は謝意をとしてのものである。Ibn Mandzurは続けて、Al-walimahとは「結婚披露宴とそれに類する宴会の際に寄贈されたかあるいは食事として提供されたすべての食べ物から構成されているもの」だと述べている。Ibn Maddzurも、預言者が娘Zainabの結婚の際に祝宴や晩餐会をもようしたということを発見したのである。そして、このことは正しく、Imam al-Bukhariの個人史についての話に掲載されている。

               

              続く


              南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (22)

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                第五節 寄進の概念と前後関係についての預言者ムハンマドの教え

                (ジャワで祈願祭、nyadran(お墓の掃除などの儀式)など)の祝宴は預言者ムハンマドが指示したものであるのか?その答えは次のように、Imam al BukhariImam Muslim’Shahih Myttafaquan ‘Alaihi)によって語られたハディスに存在するということである。<31>

                Anas bin Malik r.a.のハディス。とある日、預言者は、はにかんだ顔をしている’Abdurrahman bin ‘Aufをみた。その後預言者は「何があったのですか」と’Abdurrahman bin ‘Aufに尋ねた。’Abdurrahman bin ‘Aufは「はい預言者様、本当は黄金1nawah(銀貨五枚分)の結婚保証金で一人の女性と楽しんでまいりました」と答えた。預言者は「アッラーは幸運を君にお与えになった。そうならヤギ一頭でもよいから結婚披露宴の祝宴を開きなさい」とのたまわった。(al-Bayan の中のHSR. Al-Bukhari-Muslim Hadits 825)

                このハディスは、Imam al Bukhari”al-Byu”No. 1908”al-Nikah” No. 4756Muslim”al-Nikah” No. 2556al-Tirmidzi”al-Nikah” No. 1014”al-Birru wa al-Shilah”No. 1856al-Nasa-i”al-Nikah” No. 3299, 3300, 3319, 3320, 3321, 3335Abu Dawud”al-Nikah” No. 1804Ibn Majah”al-Nikah” No. 1897Imam Malik”al-Nikah” No. 999al-Darimi”al-Ath’amah”No. 1975”al-Nikah” No. 2107Imam Ahmad bin Hanbalの第三章190, 204, 271, 274, 278ページに見られる。

                 

                続く


                南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (21)

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                   この行為も信徒たち(tabi’in)の日常行為になっている。与えられる人がすべてに不足していない人であったとしても、彼らは親友たちに食べ物などの形をとった賞品を快く与えるのである。

                   

                  (アラビア人の)al-Arif al Sya’rawiは信徒たちは親戚友人たちに商品を与える習慣を持っていると言っている。彼らは「我々が与えようとしているものをあなた方は必要としていないことを我々は知っている。しかし、我々は関心を持ちあなた方を親友として認知しているあなた方に知ってもらいたいから、これを与えるのである」と言っている。(Faidh al-Qadir, juz III, 272ページ)

                   

                   互いに食物などを与え合う伝統は大変推奨されることであると結論付けられる。これは大きな利点を有し、その中で友好親善のつながりの強化がある。

                   

                  続く


                  南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (20)

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                    他人に快く食べ物を差し出すものはだれでも、アッラーはこの布施に対して報酬を与える。そしてケチなものはだれでも、アッラーはその人たちに対して恵みを与えるのを差し控える。(Faidh al-Qadir, juz III, 272ページ)

                    これを強く勧めていることに含まれているのは、上記のインドネシアイスラム社会において行われている風習である。白飯やお粥、お菓子などの食べられるようになっている食物の形式をとった施しを彼らが互いに与え合うといった点である。それ以外に一般的にはこの風習は預言者ムハンマドの提案を実践することでもある。<30>預言者は、他人に食物を与えるために信者に提案したのであった。例えば、近隣の人たちに与えられるように我々が調理する場合に汁を多めにするという提案である。預言者のHaditsの一冊に述べられているようにである。

                    Abi Dzarr RA は「預言者は『あなた方がスープを作るときには、水を多めにして、自分たちと隣人たちに分配せよ』と述べている(Shahih Muslim, No. 4785」

                     

                    続く


                    南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (19)

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                      「神様の恩恵があるご飯」と呼ばれているのは、意味と目的という二つの付加された意味合いを持っているからである。まずは上記のnasi tumpengは慣習儀礼と祈祷の後で提供され、それゆえ一緒に祈祷を行った人たちあるいは上記の料理を飲み食いした彼らに対して与えられるアッラーからの恩恵が期待されるのである。この事情は、お祝いを行った人は幸せがもっと増えるという神の言葉の規定に合致する。一方祝宴は神に対する感謝の方法であるから、主催者と招待客の平安を伴ってさらなる神の恩恵とご利益(pahala)をアッラーが与えるという希望が存在する。

                      上記の解説から祝宴の眼目は、他人にたいする喜捨としての料理のようなものを施すことを伴ったアッラーに対しての感謝なのである。

                      他人に何かを施すことは、大変大きな利益を得ることゆえ、イスラム教においてとても勧められている行為となっている。いずれにせよ、Al-Jurjawiの著書にはこう語られている。

                      実にこのdisyari’ atkannnya hibah(他人に施しを行うこと)は偉大である。心の中に慈愛の気持ちを育成することを伴って妬みや挑発する性質をなくすことができるからである。彼はまた、性格への尊敬、身体の純潔、高貴な性格、大変高貴な尊敬を伴った優秀さを指し示すのである。(Hiikmah al-Tasyari wa Falsafatuh, 124ページ)

                      上記のAl-Jurjawの声明と軌を一にして、Faidh al Qadir, Al-Manawi[1]ではこう言っている。

                       

                      [1] (訳) この二人ともイスラム法学者

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