第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (30)

0

     Bedaya Semangの舞踊はHamengku Buwono I世からVII世までの期間には定期的に催行されていた。しかしながら、Hamengku Buwono VII世の時代に、催し物の最中に踊り手が記憶障害になったという事件が発生した後、今に至るまでこの舞踊は演じられていないのである。この事件が引き金となり、踊り手とガメランの楽団員たちはこの事件が再発することを恐れるようになったからである。彼らの大半は本当に純真[1]ではなかった。この件は、上記の踊り手が純真ではなかったと理解されたゆえに、複数の宮廷使用人にこの事件は南海の女王陛下の怒りとして見られたからなのである。<230>

     Hamengku Buwono IX世の時代の1970年頃にBedaya Semangの曲が練習のために演奏されたことがあった。この練習は、宮廷使用人のKridomardowoであるLurah Sastropustakaの指揮で宮廷芸術団のようにTepas Kridomardowoによって行われた。練習の前に楽団員たちはImogiriの墓所でSultan Agung HanyakrakusumaとParangkusumoで南海の女王陛下に対して恩恵の祈りをささげた。この練習にはBedaya Semangの舞踊を演ずるために基本の24種類を含んだ各種の供物を伴ったのである。しかし、練習が半分まで来た時、罰が当たるのを恐れて楽団員たちの大多数が辞退してしまった。このようにして、この曲の練習は失敗したのであった。彼らが信じるところによると、この失敗はSultan Agungと南海の女王陛下に許可されていないという理由であった。

     

    [1] 「演舞の前に身を清めていなかった」という意味。


    第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (29)

    0

       この舞踊は、当初インド洋の南海の女王陛下を記念するためにSultan Agungよってはじめられたものである。この舞踊は実に南海の女王陛下にぴったりと合うものである。サルタンとは、超自然界の生き物と先祖たちの霊との関連連れる物語の主題を形成していることに驚かされる勇気ある行動をとっていきた最後の大王なのである。かれも超能力を持っていることを認めている。

       王宮の人たちに近いジャワ人によると、Bedaya Semangの舞踊は、南海の女王陛下を尊敬しさらにはジョグジャカルタ王宮に招くために利用される。この舞踊の意味を具現化したものは大自然の平和であり、この舞踊を演ずることで、王国とその国民の平和とバランスを維持するために南海の女王陛下が楽しんでくれることを願っているのである。

       

       


      第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (28)

      0

         

          Bedaya Lambang Sariのように、この舞踊は8人の見える踊り手と一人の見えない踊り手(南海の女王陛下)の9人の踊り手によって演じられる。整然とした世界の秩序を形作って彼らは王の前近くにある演台に入る。(Subagya, 1981:123-125)この舞踊はとても深い宇宙の意味を有している。演舞開始前に、踊り手たちは身を清め、義務化している行動をとるのである。

         

         この舞踊はSelasa Kliwonの晩のBedaya舞踊が演じられるはるか前にSultan Agung Hanyakrakusumaが南海の女王陛下と会いたいと願った時代を想起させるのである。これ以外に、Selasa Kliwonの晩はジャワ人にとって神聖であり魔力を有しているのである。<229>Bedaya舞踊はChoyが言っているように(1976:174)南海の女王陛下を思い出して尊敬するために利用されているのである。


        第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (27)

        0

          第四節 ジョグジャカルタの王宮のNdalemにおけるSemangの女性奉納舞踊

           

            Twikromo(2006)によると、Bedaya Semang舞踊はジョグジャカルタの王宮の中でとても聖なる舞踊に含まれているとのことである。この舞踊も王宮の特別な人しか見ることができない。この舞踊のためのガメランは126個のゴングからなり、約三時間にわたって演奏される。この舞踊が行われる時は毎回、raulan, ketan salak, 鶏卵のkluwa, バナナのkolak, tumpeng uruping damar, tumpeng robyong, tumpeng gundhul, 生きた鶏、tukon pasar, imping wedang kudhukなどの食べ物(これはKi JayudaあるいはTumenggung Purbonegoroのためのもの)、jenang^jenangan, air sri taman, dilap jlupak,水の入った水差し、gecok mentah, rujak degan, rujak tape, rujak deplok, rujak wedang, rujak arang-arang kembang, rujak jeruk, rujak tampil, pala kependhem, gumantung,そしてkesimparとお香の24種類の供物が奉納される。お香を焚くときは、Sultan Agung 陛下と南海の女王陛下様[1]に対する礼賛[2]を伴う。

           Bedaya Semang舞踊は、マタラム初代サルタンのPanembahan Senopatiと南海の女王陛下との恋愛の神話を背景として、第三代マタラム王であるSultan Agung (1613-1646)によって創作されたBedaya Ketawangとも呼ばれている。(Spedarso, 1990)

           

          [1] Ingkang Sinuwun

          [2] mujuk atur


          第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (26)

          0

             ジャワ島がDemakイスラム王朝に支配されていた時にはすべての儀式は中止された。この状況は飢饉や暴動、そして伝染病をもたらした。イスラム導師のアドバイスでこの期間中厄除け儀式は拒否され行われなかった。その結果、Demak王朝は種々の危険から解放された。

             この二つの見解は南海の女王陛下を尊敬し関係を保つことでジャワ社会の毎日の生活を生きていくことと同じになっている。一般的に、彼らは海神祭りの起源についてはあまり考えようとしていない。彼らの提案は王宮の人たちが行う南海の女王陛下への崇敬儀式の実施なのである。

             今日でも、ジョグジャカルタ王宮は王国に障害が起きないようにparangkusumoでの海神祭りを行っている。超自然界の支配者に保護を求めないときは国民を守らないことでジャワの王は長続きしないのである。奉納の儀式なしでは、災害や自然現象による障害が発生し、超自然界の支配者とその同調者たちの怒りのゆえに国民ともども王国も転覆するのである。王宮の人たちによって行われる海神祭りの習慣を中止した時はいつでも、これらの霊界の支配者たちは王国とその国民全員にいろいろな災害や病気を拡散するためにその軍隊を送ると信じられている。より正確に言うならば、霊界の次元と超自然界の生き物はこの自然界の調和にとって平衡となりうるのである。


            第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (25)

            0

               最初の見解から始めると、それはマタラム王朝と南海の王国との関連に関するPanembahan Senopatiと南海の女王陛下の物語と約束に基づくのである。ジャワの王になったPanembahan Senopatiの子孫は常に王国とすべての国民の安寧を考えて、その時に王位にある国王は南海の女王陛下との関係を持たなければならないのである。この関係は、南海の女王陛下への供物ということで表され、その反対に南海の女王陛下は、国民すべてと王国の平和と安全に対して援助するのである。

               第二の見解はHajar Cemara Tunggalとマジャパヒトの建国者のひとりであるSesuruh殿下との約束に関連している。Sesuruh殿下とその子孫がジャワの王になった時に障害に直面するので、霊界の軍隊で援護するとHajarは語った。(Sudibyo, 1980)人間界と霊界が関連している形はsesajen(供物)の儀式行うことである。ジャワ社会が信じているところによると、ジャワの王でこの儀式を怠った誰でも確実に破滅するか度重なる激しい動揺に見舞われることになっている。(Triyoga, 1991: 93)


              第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (24)

              0

                 上記の海神祭に神秘的な様子が見られるのは確かである。ジャワ社会の一部でもこの伝統儀式は十分に神秘的であると常に考えられている。しかしながら、その意味の研究という面からみるとともに海神祭りの起源と経緯に基づいて研究すると、少なくとも山や海岸付近など伝統行事が行われる場所で、この世界でおきるネガティブな要素を中和させると考える他はないのである。

                 他方、Parangkusumoで行われる海神祭りの伝統に関連して、ジャワの一般大衆の持つ理論に存在しているParangkusumo海岸での海神祭りの起源に関する見解が二つある。最初の見解は、マタラム王朝の始祖であるPanembahan senopatiに下されたのゆえに海神祭りは行われているというもの。一方、二番目の見解は、マジャパヒト建国より遠い昔からジャワの諸代の支配者たちに連綿と引き継がれてきた伝統ゆえに海神祭りは催行されているというものである。


                第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (23)

                0

                   海神祭りは一見すると供物の奉納のように見える。しかしこの伝統儀式の本来の目的は、人類の不幸を招くすべての厄災を払いことを喜ぶとともに安寧と福祉とを与えてほしいと神に願うことである。

                   

                   この海神祭りの他の面は、自然とのバランスをとる力を与えるとともに、自然を守るために人間を元気づけることなのである。したがってuba rampe(食べ物の供物)の投入は、人間の過誤であるのみならず自然のメカニズムと起こす過程などのこれから起きようとするネガティブな要素を中和するためにおこなわれることを意図している。<226>


                  第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (22)

                  0

                     定期的な海神祭りの開催日は、ジョグジャカルタ王宮の先祖たちが決めた日から時々逸脱する。これは開催不可能な状態の時におこなわれるのである。Hamengku Buwono VIII世の時代には新規の海神祭りが即位記念日の二カ月後に開催されたが、その後、元の通りの日付に戻ったのである。そうではあったが、インドネシア独立前後の時代であったHamengku Buwono IX世の統治下では海神祭りが何回か行われなかったことがあった。<225>当時の独立戦争の状況では海神祭りを挙行することは不可能であったからである。

                     海神祭り以外に、Sedekah Gunung (山の神への捧げもの), Selamatan Teranak (家畜の安全祈願), Selamatan Selasa KliwonとJumat Kliwon (霊界の存在に対する安全祈願), Selamatan Orang Hilang (行方不明者への安全祈願), Selamatan Orang Kesurupan (憑依された人のための厄払い), Selamatan Sekul Bali (), Selamatan Mengambil Jenaza (死者の昇天祈願), Selamatan Menghadapi Bahaya Merapi (メラピ山の鎮魂)などの特定の場所で一般大衆が行う他の厄除けの儀式がある。


                    第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (21)

                    0

                      (4)           Dlepihでのlabuhan

                      1)             Sinjang limar

                      2)             Sinjang kepyur

                      3)             Sinjang perkutut pethak

                      4)             Semekan dringin

                      5)             Semekan songer

                      6)             Semekan solok

                      7)             sera ratus lisah knyoh一袋

                      8)             100ルピアが入ったYotro tindhihの封筒

                      9)             馬の鞍2台

                       

                      Hamengku Buwono IX世の時代はParangkusumoでの海神祭りはBakdomuludの月の25日の後におこなわれていた。この日は王宮の遺産の記念日であったため、毎年labuhan alitが行われていた。オランダが即位記念日を行っていたためHamengku Buwono IX世は毎年即位記念日の時に海神祭りを行わなかった。というのはオランダによる即位記念式典を望まなかったからであり、彼は即位記念日と関連する定期的な海神祭りを変更したのだった。しかし、8年に一度行われる即位記念大祭の時にHamengku Buwono IX世はまだしっかりとlabuhan agengを開催したのであった。


                      calendar
                       123456
                      78910111213
                      14151617181920
                      21222324252627
                      28293031   
                      << July 2019 >>
                      PR
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      • 南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (29)
                        度欲おぢさん (08/29)
                      • 南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (9)
                        度欲おぢさん (05/28)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第九章 胡椒交易争奪戦とマラッカ海峡 (26)
                        度欲おぢさん (01/09)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第九章 胡椒交易争奪戦とマラッカ海峡 (20)
                        度欲おぢさん (01/01)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第八章 Demak王国の衰亡 (12)
                        度欲おぢさん (12/06)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第七章 Demakイスラム国の建国 (2)
                        度欲おぢさん (10/29)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (34)
                        度欲おぢさん (09/23)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (9)
                        コピーブランドバッグ (08/30)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (6)
                        度欲おぢさん (08/27)
                      • ヒンドゥー・ジャワ王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 前文 (9)
                        度欲おぢさん (07/04)
                      recent trackback
                      recommend
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM