南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(37)

0

     Pangandaran付近で多数の犠牲者が出た後、Ki Ageng Shalihが、Nyi Blorongの行動する中心を移動させるために、弟子たちとともにアッラーに祈願した。Nyi Blorongが障害になっていたため驚くべき衝突対立が発生した。この戦いはKi Ageng Shalihの勝利に終わり、Nyi BlorongはPesugian洞窟から撤退したのであった。

     Nyi BlorongのPangadaranからの撤退で、Nyi Blorongへの信奉を求める人たちの行動が止まったわけではない。Nyi Blorongが南海に撤退したゆえに、彼女の行動範囲はますます拡大し、どこでも可能になったのである。それ故、その後、あちこちの場所で、Nyi Blorongを信奉することで財産やより高い地位を得るための儀式を行う場所になった特別な洞窟が数多くみられるようになったのである。

     これが、西部ジャワ州に流布している(SoekardiとSyahbudinが発見した)Nyi Blorongと南海冥府の女王の出自の物語であり、一般的にジャワ社会の一部で信じられているものである。この神話あるいは伝承はNyi Blorongと呼ばれる南海冥府の女王あるいはNyai Lara Kidulと南海の女王との違いをさらに明確に述べているのである。それ故、南海の神秘的存在に関連して各種の悪質な事件を伴う暴動が起きても、それは南海の女王の影響ではないのであり、南海冥府の女王あるいはNyi Blorongから仕向けられた仕業なのである。

     

    続く


    南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(36)

    0

       毎年いけにえの季節が近づいてくるとNyi Blorongの信奉者たちはNyi Blorongの洞窟の一つで儀式を行わなくてはならなかった。洞窟の番人によると、若い人あるいはいけにえとはなりえない人を含めて上記のいけにえになろうとする人たちがみられたとのことである。普通、彼らは神に近いために、彼らが持つエネルギーが同じでないためにいけにえにはならないのである。

       種々の神秘的な話によると、Nyi Blorongの信奉者たちは実際に通知が言っているとのことである。例えば、この嫉みの壺に飛び込む前に、この番人は、飛び込もうとする人たちが供えられるべきいけにえを忘れたり用意していない場合には強制的に彼ら自身がいけにえにならざるを得ないというその影響やリスクについて彼らに念を押すのである。この条件に賛同できない場合にはNyi Blorongとの契約は無効になる。これ以外に、一生涯誤った道に進んだ亡くなった人達からその影響を見せつけられることで教えられたりするのである。<108>いけにえになった人たちの不幸な状態を見せつけられることもある。すでに現世で快楽を得て財産や地位を得てしまうとすでに手遅れであるがゆえに普通はこの利害関係者は誤った道を進むのである。

       

      続く


      南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(35)

      0

         民間伝承によると、確かに、Nyi Blorongから与えられる地位や財産を得る条件の一部とは、毎月の満月の晩にいけにえとして一人の人間の命を差し出して、その命を南海の住民にすることであった。このいけにえになる人間とはかならずしもその家族関係者でなくてもよかった。友人、遠戚、良く知っている隣人でもよかった。これ以外に、上記の人は彼以外には入ってはならない特別な部屋を自宅に作らなくてはならなかった。この特別な部屋は、Nyi Blorongへの供物を供えたり、Nyi Blorongがいつでもやってきて夫婦関係を持つための部屋として、さらにはNyi Blorongが彼女の信奉者たちに与える現世の財産を置く場所に用いられる。特別な供物は毎週木曜日の晩とJumat[1] Kliwon[2]とSelasa Kliwonの深夜に供えられる。この特別な部屋で、いけにえが供せられる普通一か月前から、人間がいけにえになる時期が近付いているとNyi Blorongが知らせるのである。

         

        [1] JumatとSelasaはそれぞれ金曜日と火曜日。ただしインドネシアでは一日は日没から始まるので直訳するとMalam Jumat=金曜日の夜とは日本の木曜日の晩に相当する。

        [2] ジャワの暦。和暦でいうと大安などの「六曜」のようなもの。


        南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(34)

        0

           それ以来、Goa Pesugihanを知る人が増え始め、リスクを冒してまでもNyi Blorongに協力することで簡単に現世での栄光を探そうとする人たちも増えた。Nyi BlorongがまだGoa Pesugihanを作業の中心地としていた間、子供を訪ねるために南海の女王が時々この場所にやってきた。この訪問以外に、人間たちに道を誤らせようとするその仕事を忘れないように女王はしばしば念を押した。Nyi Blorongは、この世での栄光を得るために援助を求める彼らに対して、選択して実行するように注文した。第一の標的は、精神的に軟弱で気が小さく、神への信仰が不足し、現世の問題に取り組むときに健常ではない精神をもって人生を渡ろうとしている人間たちであった。

           当初Nyi Blorongは確かにGoa Pesugihanを中心とした活動範囲としていた。とある時Pangandaranの民間伝承によると、Nyi Blorongと一緒になった人たちの厄払いとなった犠牲者たちが増加した後、Pangandaran地域にKi Ageng Shalihという導師がやってきた。

           

          続く

           

          ++読者の皆様へ++(もしいらっしゃればの話ですが)

           

          今年もじわじわと和訳文を掲載しますので、お読みいただけたら幸いです。

          この調子で行くと、この本の全訳にはあと一年はかかりそうです。お付き合いいただけたら幸いです。

           

          今年一年、皆様にとって良い年でありますように。

          2018年1月4日 所沢にて 訳者 田口重久


          南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(33)

          0

             天気が変わりどんどん明るくなるにつれてこの巨大な蛇はゆっくりと変わり始め大変美しい若い女性の形になったのであった。その時には南海の女王はゆったりとした服装でそこに臨席し、自分とは異なる人生上の義務を運命づけられた自分の子供が生まれるのを見ていたのであった。

             この洞窟の中で後日、この娘は南海の女王の宮廷侍女に守られた。次はKi Ageng Tambirが子守をする番になった。そして一か月後にこの美しい女性は南海の女王の希望通りに、その名前を聞いた者が震えてしまうようなNyi Blorongと名付けられた。Ki Ageng Tambirは南海の女王から、Nyi Blorongの第一の仕事は人間から神への信仰を取り上げてNyi Blorongを人間たちのよりどころにするように人間たちに道を誤らせるようにすることだと聞いていた。Ki Tambirは、Nyi Blorongに一緒に働く人間は誰でも自分の将来を破壊することになることを理解していた。Ki Ageng Tambirは、後日Goa Pesugihanという名で知られるようになる洞窟の管理人として取り上げられた。Ki Ageng Tambirは、Nyi Blorongと連絡をつけようとする誰でも送り届けるとともに、これに関するいろいろな条件と大きなリスクを説明するという仕事を得た。<106>とはいえ、あふれかえる財宝でたぶらかして人間たちに道を誤らせる霊界の生き物と連絡を取るために彼が選ばれたり、上記の仕事について時々思い悩むことはあったにせよ。

             

            続く

             

             


            南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(32)

            0

               その後一か月の間Pangandaranの洞窟の中で、南海の支配者の使者に伴われてKi Ageng Tambirはガラス箱の中の卵が孵化する瞬間を待ち続けた。ついに、天候が変わり暗くなって満月の光がとざされ雷鳴がとどろき篠突く雨が降り始め、使者よればこりはもうすぐこの卵が孵化する兆候であるとのことであった。Ki Ageng Tambirはこのような異常な事件を見られないと文句を言ったが、この使者は自分のような生き物にとって明暗はないと言った。

               その時は洞窟の中に一条の光が上からさしてくることでやってきた。この光はガラスの箱に衝突しこの箱は大音響とともに砕け散った。<105>尋常でない感覚に伴われ、Ki Ageng Tambirは卵が割れて水田で見かけれられるような小さな蛇(ナミヘビ)が生まれた。

               当初Ki Ageng Tambirは、生まれたのが小さな蛇で他の蛇と同じように見えたのでがっかりした。この小さな蛇が龍の大きさまでどんどん大きくなったのでこの落胆はすぐに尋常でない驚きに変わった。この時外では天候は晴れに変わり黒雲は吹き払われ満月の光が満ちた。

               

              続く


              南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(31)

              0

                 その客が来た後も、Ki Ageng Tambirは修行の習慣をつづけた。数日の間の修行の後、ちょうど満月の日がやってきて、しばらく前に使者から伝えられた約束の通り、Ki Ageng Tambirは南海の女王の訪問を受けた。<104>この訪問で、南海の女王はKi Ageng Tambirに、次の満月の日にガラスの箱に入った卵が孵化するまで大事に保管する仕事を与えた。南海の女王は、卵が孵化して出てくる魑魅魍魎にNyi Blorongという名を与えるように命じた。Blorongという語はそれ自身ジャワ語では黒と白の「縞々」を意味する。南海の女王はKi Ageng Tambirに、Nyi Blorongはやがて人間たちを誘惑したり道を誤らせる仕事を背負うことになる。南海の女王はこの訪問でも卵の中の魑魅魍魎は自分の子供であることを明言したのであった。

                 Ki Ageng Tambir自身はこの義務が自分になぜ課せられたのか理解できなかった。彼は普通の人間であり、卵の中の魑魅魍魎は霊界からきたものであったからである。修行の途中で、現存する人間はオオカミの組織にいるようなものであり、助け合うことを学ばなければならないということにKi Ageng Tambirは気づいたのであった。卵の中の魑魅魍魎は人間に道を誤らせるために存在し、そのためこの魑魅魍魎は人間の間で生活することを学ぶ必要があったのである。その反対に、警告や注意の形として、精神世界を進むときに誤った道に嵌らないように他の自然界に住む魑魅魍魎の性格を学ぼうとしていたのであった。

                 

                続く

                 


                南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(30)

                0

                  ++第二話 南海冥府の女王あるいはNyai Blorongは南海の女王の娘である++

                   

                   南海冥府の女王あるいはNyai Blorongの出自に関する第二の物語と伝承は西部ジャワ州のPelabuhan RatuとPangandaran付近の口伝から得られる。

                   物語はまず修行をこのPangandaranの住民がいたことから始まる。その瞑想の場所は、偶然にも現在Pelabuhan RatuのKarang Bolongと呼ばれる有名な場所にある洞窟の一つであった。

                   このKi Ageng Tambirが長いこと修行を行った後でどこから来たのか氏素性がわからない人の訪問を受けた。この訪問者は南海の支配者の使者であった。この来客は、人間たちが正しい道を選ぶか間違えた道を選ぶかという人間たちの心を試すという仕事を与えるという命令を受けてきていた。Ki Ageng Tambirとその子孫達は上記の「試す者」としての仕事に服すことができると見られたからなのであった。

                   

                  続く


                  南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(29)

                  0

                     Nawangwulanはこの後でKi Ageng Tarubが盗んだ羽衣を見つけたが、人間と結婚したために天国へは帰れなくなってしまった。それゆえに、彼女はNyai Blorongとして大衆に知られてもいる南海冥府の女王になり、永遠の命を持ち南海に都をおく、霊界の女王である南海の女王の将軍になったのである。このように、種々のBabad Tanah Jawiの版にみられるように、さらにはジャワの社会に伝わる物語を通じてこれは信じられるようになったのである。<103>これらの神話は、マジャパヒトの諸王とWali Songo、メッカの諸王、ムハンマド、霊界の女王とマタラム王宮とを結びつけるものの存在を見せるのである。彼らの全てはすべての可能性をつかむためにマタラム王朝にその正統性の証拠を与えている。これ以外には、この神話は(アラブのMaulanaの子孫に代表される)イスラムと(マジャパヒトに代表される)ジャワ・ヒンドゥーの伝統(南海の女王に代表される)霊への信仰が有機的に結びついていることを確信させるのである。

                     上記の物語から、最初からジャワ社会は南海の女王と南海冥府の女王とは異なる人物であり、この二人のやるべきことも異なっていることを理解していたという重要なヒントが得られる。

                     

                    続く


                    南海冥府の女王 第三章 ジャワ社会における南海の女王と南海冥府の女王、北海の女王(28)

                    0

                       やがてJaka Tarubは成人しKi Ageng Tarub[1]と名乗った。Ki Ageng Tarubは後日天女をめとった。とある時Ki Ageng Tarubが森をめぐっていて、Dewi NawangwulanとMayangsari, Gagarmayang, Dewi Surendraの四人の天女が池で水浴しているのを見つけた。Ki Ageng Tarubは、天女の一人分の衣、実はDewi Nawangwulanのもの、を盗んだのだった。水浴が終わりNawangwulanは自分の衣がないのに気づき、彼女は池のほとりに残され姉妹たちは天国に戻ってしまった。

                       Ki Ageng TarubはNawangwulanを彼の家に招き、彼らはその後結婚した。結婚後、長じてBrawijaya王の王子の一人でマタラム王朝の祖先の一人となるBondan Kejawen別名Lengmu Petengと結婚したNawangsihという名の娘が生まれた。

                       

                      [1] ジャワでは以前、成人するときに名前を変えた。Jakaとは未婚の青年男子の意味。


                      calendar
                       123456
                      78910111213
                      14151617181920
                      21222324252627
                      28293031   
                      << January 2018 >>
                      PR
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      • 南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (29)
                        度欲おぢさん (08/29)
                      • 南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (9)
                        度欲おぢさん (05/28)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第九章 胡椒交易争奪戦とマラッカ海峡 (26)
                        度欲おぢさん (01/09)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第九章 胡椒交易争奪戦とマラッカ海峡 (20)
                        度欲おぢさん (01/01)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第八章 Demak王国の衰亡 (12)
                        度欲おぢさん (12/06)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第七章 Demakイスラム国の建国 (2)
                        度欲おぢさん (10/29)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (34)
                        度欲おぢさん (09/23)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (9)
                        コピーブランドバッグ (08/30)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (6)
                        度欲おぢさん (08/27)
                      • ヒンドゥー・ジャワ王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 前文 (9)
                        度欲おぢさん (07/04)
                      recent trackback
                      recommend
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM