第六章 南海の女王陛下と関係する参詣地の数々(48)

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    第十節   自然現象:Parangkusumoの土の山は東南アジア唯一

     

     Parangkusumoはジョクジャカルタ地域の学校や道場の精鋭たちに大きく貢献している。少なくともSatria Nusantaraというシラットの学校はこの地で昇段試験を行っている。また練習場にもなっている、これはParangkusumoの高い塩分濃度とと深く関係しているためtenaga dalam[1]の練習に大変役に立つのである。

     知識としてはParangkusumoで興味を惹かれる特徴がある。この愛の石以外に、この場所では砂丘と呼ばれる砂の丘が続いている。「この地域にある砂丘は熱帯多雨地域ではまれなものである」とUGM[2]の地理学科の講師であり地形学の専門家であるDr. Sutiknoは言っている。東南アジア地域で砂丘があるのはここだけである。他方、ほかの地域で同じような砂丘があるのはサウジアラビアと中国のゴビ砂漠である。

     砂丘があるのは、火山灰を噴出するMerapi山の活動に支えられているからである。この火山灰はOpakとProgo川を流下してParangtritisの砂浜にとどまるのである。東側の急な壁に強められた海風は平地に打ち上げられた砂を飛ばして、場所だけではなくその形も絶えず変化する砂丘を形成したのである。<208>

     

    [1] 瞑想などの精神集中により体内の気を高め超常現象を起こすもの。

    [2] Universitas Gajah Mada = ジョクジャカルタの有名な国立大学。日本で言えば京都大学。


    第六章 南海の女王陛下と関係する参詣地の数々(47)

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      このcundrikはDiponegoro王子がParangtritisで沐浴をした後獲得したものであり、そのあとParangkusumoのWatu Gilangで隠遁修業しながら寄りかかっていた。多数のジャワ神秘主義者たちの解説によると、この時、Diponegoro王子はオランダが提示するいかなる地位も受領してはならないという姿を見せない南海の女王陛下からの忠告が聞こえたとのことである。

      この声が聞こえなくなった後、Diponrgoro王子の目の前に天から白い光が差した。実際にこの白い光はcundrikをもたらしたのであった。この遺産はSarotamaと名付けられた。このcundrikこそがDiponegoro王子のやる気を燃えあげたものであった。


      第六章 南海の女王陛下と関係する参詣地の数々(46)

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        実際にはこの場所は毎日公開されているが、もっともにぎわうのはSelasa kliwonとJumat Kliwonの晩である。この場所は今に至るまで多数のミステリーを保持していると信じられている。Cepuriの管理人が語るように、多数の参詣者たちが憑依を受けるのである。その大部分は規則に違反したり穢れた目的を持っているからなのである。したがって、この場合、これがエクスタシー状態にあることを示している意味ではなく、その目的が間違えていたり、この場所でのやり方が間違えていることになりうるのである。これは神の偉大さとともに、神の創造物すべてに対して謙虚であれという人間に対する指図としての証拠となるのである。したがって、この場所で神秘的なことを行うことは、このような神秘的な高いオーラを有しているものや場所、Cepuri Parangkusumoとこの愛の石は祈願を召致するために選ばれた施設としてだけ存在するので、石への礼拝の行為としてということはできないのである。


        Cepuri Parangkusumpで隠遁修業を行ったことがある人の一人はDiponegoro王子であった。ジャワ神秘主義者たちの幾つかの説によると、オランダに対抗していた時Diponegoro王子はこのCepuri Parangkusumoで隠遁所業を行ったとのことである。この時Diponegoro王子は、同王子の武器としてKeris Sarotama[1]の名で知られるcundik(小さいクリス)の形をした武器を南海の女王から獲得したのであった。<207>

         

        [1] 下の写真参照。右端はDiponegoro王子


        第六章 南海の女王陛下と関係する参詣地の数々(45)

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          Parangkusumo海岸へのビジターたちは、上記のCepuriに自由に出入りすることは許されていない。彼らはCepuriのPanembahan Senopatiの聖域に入る前に履き物を脱ぎうるさくしてはいけないのである。ビジターの大部分は各地からやってきた参詣者たちである。早く結婚相手を見つけたい、金持ちになりたい、もっと権威をつけたいなど彼らはいろいろな目的をもってやってくるのである。しかし、ここで重視しなくてはならないのは、ここは祈願の場所ではないということだ。通常、かれらが祈願をする前に常にこのCepuriは祈りのための場所であり施設であると呼ばれている。そして、ビジターたちはこの石に対してではなく全知全能の神に対して願い事をするようにアドバイスされている。以上はCepuriの管理人の話による。


          第六章 南海の女王陛下と関係する参詣地の数々(44)

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             この海神祭りの実行そのものは、8:30から傘をさして貢物を持った行列で始まる。Parangtritis海岸のあずまやからParangkusumo海岸で停止する前にCepuriを目指して海岸に沿って進む。海神祭りに参加する人は全員伝統的なジャワ衣装に身を包むのである。男性は腰巻とsurjan、blangkon[1]を身に着ける。一方、女性は腰巻とkebaya、鬘をつけ、そしてもう一つ彼らが着る衣装は緑色でないものである。

             この儀式が頂点に達する前に、彼らは海岸に向いて砂の上で胡坐をかいて座る。この儀式自体は9:00から始まり、一時間後にはcaos rerakitingと呼ばれる海への貢物の献上が続くのである。その前にParangkusumo海岸の管理人によって海神祭りuba rampeが促されるのである。その後、女性の一群が、穢れを祓う形として花をまくのである。その後、この海神祭りとParangtritis海岸の四阿から行列している供物はParangkusumo海岸へ向かう海神祭りの終わりとなるのである。

             海神祭りとは安全と平穏を与え苦痛を避けさせてくれた神に対する感謝の形なのである。

             

            [1] ジャワの長袖の上着と帽子。


            第六章 南海の女王陛下と関係する参詣地の数々(43)

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               Ngayogyakarta Hadiningrat[1]のみならず大衆たちからの各種の海神祭りがこのParangkusumo海岸で挙行されている。例えばヒンドゥー教徒たちによって祝われるNyepi[2]祝祭日の儀式としてのUpacara Melastiである。これ以外にも、宮廷と南海の支配者との間の支配と連携を象徴化したお祝いとしてParangkusumoで宮廷主催の海神祭り[3]がある。南海の女王陛下に向けたParangkusumoでの海神祭りは、ジョクジャカルタの人たちの永遠と安全、平穏のためにNgayogyakarta Hadiningrat王宮にとって大切な伝統儀式のひとつなのである。<204>

               他方、Muharram (Suro)月の初日の晩に行われる別な海神祭りがある。これ以外にもMuharram月の15日の晩にはジョグジャカルタのGowongan Kidulで全知全能の神にたいする安全の祈りが海神祭りと共に毎年行われている。毎年行われるSuro月の15日の晩の海神祭りの儀式は、東ジャワ州Kediri県のMenang村にあるSang Prabu Sri Adji Djojoboyo[4]の遺跡でSuro月の15日に特別に行われる。

               

              [1] ジョクジャカルタの宮廷の名

              [2] サカ歴10月に行われるバリの正月の行事。

              [3] Labuhan Keraton

              [4] ジョヨボヨ王。遺跡はこちらへhttp://omdoyok.web.fc2.com/Ah_Indonesia/Aind-51/Aind-51.htm


              第六章 南海の女王陛下と関係する参詣地の数々(42)

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                  Senopatiと南海の女王との邂逅は、独特で南海の女王陛下に支配されているSegara Sewy王国の当地の中心になっているBalai Sokodhomas宮殿とジョグジャカルタの王宮との関係に影響を与えている。<203>この邂逅こそが、異次元の王国の支配者間での聖なる「契約」を生んだのであった。この契約は、ジョグジャカルタの王宮を南海の王宮と緊密な関係を持つMataramの一部分としたのであった。その証拠とは、奉納の形式として小規模の海神祭りを毎年行うことである。海神祭り中の一つの行為は、Puri Cepuri Parangkusumoの地域に直接サルタンの爪や髪を衣服と共に埋めることである。

                 結果が結実したSenopatiの苦行は、どんな願いでも「愛の石」の近くで願いを唱えると回答が与えられるといった信仰を多数の人々に与えもした。社会階層も宗教も異なる数百人の人たちが聖なる日と考えられている日々にこの地域を訪れるのである。愛の石への参詣は各人への重い負担を取り除くことの一助となり、いきる元気を再生することができるのである。愛の石の観光と海神祭り以外には馬車に乗って海岸を回遊することができる。東から西に向かってParangkusumoのそれぞれの観光地をむけて馬車は進むのである。馬車に乗りつつ大波が打ち寄せるのを見て楽しむとともにさわやかな風にため息をつくだろう。


                第六章 南海の女王陛下と関係する参詣地の数々(41)

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                   Parangkusumo海岸はParangtritis海岸の西側に位置しており、Parangtritis海岸に負けない景色が広がっている。この海岸付近ではこれ以外に、コンクリートの塀で囲まれた二つの石灰岩の岩がある。この付近の住民に祀られているこの場所はCepuriという名で知られている[1]。<202>

                  ジョグジャカルタ市から30km離れた海岸で南海(インド洋)の応急への入り口の一つとして信じられているParangkusumo地帯に入ったとたんに聖なる雰囲気を感じるのである。花売りの列を通るとき、奉納するものの一つとしてのお香の香りに交じって花びらの香りが直ちに感じられるのである。このような雰囲気は他の海岸では感じられない。

                    Panembahan Senopatiが南海の女王と出会って契約を結んだPuri Cepuriの中にある「愛の石」への供物や花びらを見るとあなたはさらに聖なる感覚に浸るだろう。その時Senopatiは二つの石の北側にある大きな方に座って瞑想を行っていて一方南海の女王はかれに近づき南側の小さい石に腰かけた。この一対の岩こそしばしばlove stoneと呼ばれるものである。この愛の石をともなうCepuriは、例えば海神祭りのような伝統的神秘的性格を持つ儀式にとって重要な場所となっている。海神祭りの供物は海に投げ込む前にCepuriに持ち込んで管理人に祈祷してもらうのである。


                  [1] 訳者がここを訪れた時(200724)にこの門の中に入っていく薄絹の緑色の裳裾を見た。もちろん門の中には誰もいなかった。写真は訳者撮影のもの。

                  この付近の紹介はこちらを。

                   


                  第六章 南海の女王陛下と関係する参詣地の数々(40)

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                     「Parangkusumoは精華(貴族たち)の性質を開花させる場所である」とはDr. Damardjadi Soepajarの言葉である。こここそが以前にPanembahan Senopatiが瞑想を行って南海の支配者を呼び出していた場所である。この場所は確かに心を落ち着かせる場所であり、熟考の場所として理想的である。神秘主義者たちによればこの場所は、重荷を背負っている人たちに救いの手を伸ばしてくれる場所であるとのこと。

                      この場所でも神秘主義者たちが将来を見通すためにしばしば瞑想を行うのである。神秘的であるがゆえに、Parangkusumo海岸の入り口にある、その前庭が黄金色に彩られている南海の王国の宮殿の門がちょうど位置するということになる。


                    第六章 南海の女王陛下と関係する参詣地の数々(39)

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                       多分、南海の女王陛下に関連するSyekh Maulana Maghribiの墓所の存在がそれを正当化する神秘的な推理をまだ有しているのであろう。Babad Tanah Jawiの中で、Dewi Rasawulanがその地域の澄んだ水の泉での沐浴のために訪れた時にSyekh Maulana MagribiがParangkusumoで苦行をしていたことがあった、と語られている。神の思し召しにより、Dewi Rasawulanは夢を見てこの湖で見かけた人、Syekh Maghribi本人であった、と同衾したと感じた後に妊娠した。Rasawulanは将来Ki Ageng Tarubの妻になるDewi Nawangwulanを産んだ。この夫婦はNawangsihという娘を設けた。Dewi Nawangwulangは、Ki Ageng Tarubが隠した羽衣を後日発見したが、彼女はすでに人間と結婚したため、天界に戻ることができなくなっていた。それゆえ、彼女は霊界の女王陛下の総司令官になったNyai Rara Kidul(南海冥府の女王)となったのであった。(Santoso, 1979: 82-83) この話は、Nyai Blorongとして知られている南海冥府の女王は南海の女王陛下の娘であるというPangandaranの人たちに伝わっている伝説を想起させる。もしそうであるなら、南海の女王陛下とは天女と同じ性格を持つDewi Rasawulanとなるのである。


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