南海冥府の女王 第四章 ジャワイスラムの古典の中の南海の女王(30)

0

     インドネシア革命(独立)以前には一般人が宮殿に入ることが許されていなかった。しかし、現在ではインドネシア人や諸外国からの観光客に宮殿の大部分を解放しているが、いまだに部分的に閉鎖されている箇所がある。定額を払うことで伝統的な衣装を身に着けたガイドが宮殿の各部分を外側から案内する。ガイドたちは歴史の荘厳さに関するすべてと宮殿の各建物の神秘性、サルタンの超能力の必要性を重点に置きながら解説するのである。

     王宮の塀に関する神話の中で注目すべき点は、Senopatiが苦行をし、それも将来建設する塀の境の上で行ったゆえのSunan KalijagaのSenopatiに対する批判である。Senopatiへのこの批判はSenopatiが王宮の塀を作るまえに苦行を行った間違いを示している。とあるバージョンによると、この批判はSunan KalijagaがSyekh Siti JenarとKiai MutamakkinあるいはSyekh Cabolekに示した批判と同様に重要なものである。彼らの超自然現象の実行が問題になった要因は、その入れ物が存在しないという規範的誤謬であった。<138>この件とイスラム伝道者(wali)によって建てられた塀という事実は王宮内の神秘主義の入れ物を構成する条件になっていることを示している。Babad Tanah Jawiに四分割されているSunan Kalijagaを通じた変態が述べられているのも重要である。最初の話では、彼はメッカ巡礼を行うことを希望するイスラムに入信したばかりの人として描かれている。Syekh Maulana Maghribiに出会った後、彼は自分自身を苦行に集中させる神秘論者として描かれている。Syekh Siti Jenarの裁判では彼は判事の一人としてイスラム法を施行する長として描かれている。最後の話では彼は宮廷での宗教指導者となり、苦行を第一とするサルタンの顧問になった。Demakの時代からMataramの建国をつないだSunan Kalijagaのいろいろな立場では批判的な態度をとらなくてはならなかったことは確実であり、本件はより深く研究する必要がある。さらには、別本ではSunan KalijagaはSunan Kalijagaに間違いを教えていなSyekh Siti Jenarの弟子であり娘婿であり、後日Sunan Kalijagaは自分自身で「更生」したと言っている。(Sholikhin 2004;2008)


    南海冥府の女王 第四章 ジャワイスラムの古典の中の南海の女王(29)

    0

       このことには二つの理由が存在する。一つ目は、この超能力を制限しないと際限なく自然界に広まってしまうからである。二つ目は大きすぎたり広まりすぎた超能力は制御が聞かなくなる危険があるからである。

       ここで民族誌情報が上記の文の解釈のカギを与える。宮廷などの情報提供者によると、王の仕事の一つは正しい慣習を宮廷から一般社会に広めることである。王は、王国の安定と繁栄を守るために必要な超能力現象の規模とどの種類を用いるかを厳格に決めなくてはならない。<137>どこでどの宮廷の遺産が展示されるかあるいは宮殿への定期的な参詣の可能性を公開するかという宮廷の伝統儀式を通じて超自然現象は広まる。

      宮殿はYogyakartaでは最重要な参詣先の一つである。何時そしてどこで宮殿からの超自然現象がしみ出すかについてはたくさんの説がある。しかし、まずは木曜日の真夜中がその時であるとたくさんの人達に信じられている。神秘主義者で財務省の高級官僚の一人はWoodwardに、この超自然現象は宮殿の北端が発生源であると説明した(1999)。塀の近くのとある場所で一か月間の毎週木曜日の真夜中に、王は苦行を行うために過ごす。一方、別な人はその場所ではないと信じている。木曜日の真夜中にはジャワ全土から超能力者の数百人が宮殿の周りを取り囲んでサルタンのおこす超自然現象を少しでも見ようと朝まで過ごすのである。


      南海冥府の女王 第四章 ジャワイスラムの古典の中の南海の女王(28)

      0

        第三節 Panembahan Senopatiと南海冥府の女王との物語の意味

         

         Panembahan Senopatiと南海の女王との邂逅に関する神話はWoodwardの解析によると、それはMataramの宮廷の信仰における神話の複雑性に重要な部分を占めている。<136>アッラーの希望と霊的存在の強さという宮廷支配の基礎となっている二つの証拠が存在すると彼は解説している。この神話はYogyakartaとその周辺のジャワ人達によく知られている。都市部のみならず農村部からでも収集されたこの件に関するいろいろな神話はBabat Tanah Jawiに見られるものと大変似通っている。この話は、神秘的な行動をとる際の容器としてのイスラムの規範的運用と生れながらの使命と啓示、神秘と超能力、そして神秘的な行為に対してイスラムの規範を下位におくという、Mataram宮廷の信仰とジャワイスラムにとって大切な三つ観点の一般的に説明している。

         Sunan KalijagaがSenopatiを批判したのはSenopatiが自分の街づくり、特に王宮の謁見の間、を行う前に町の城壁を作らなかったためである。ここで忘れてはならないのはBabadの最初の部分でSunan Kalijagaも苦行を行ったと書かれていることである。この部分の意味はこのように目で見えるものよりもずっと複雑なのである。イスラムの伝道者が神秘的行為を行うことに対して彼はある種の否定を与えたのだった。BabadにあるようにSyekh Siti Jenarはアッラーとの合一に至ったのち、苦行の最中に出会った一人の王がこの伝道者と交代すると予言した。Senopatiがその王であった。この部分を理解するためのカギはSenopatiが宮殿の周りに塀を作りそこなったことである。ジャワの宮廷建築では、塀が宗教的のみならず軍事的にも重要な意味を持つのである。その一つの機能は霊の強さの入れ物になるということである。この塀は王の超能力を守り、無秩序に外部世界にそれが放たれることを禁止しているのである。


        南海冥府の女王 第四章 ジャワイスラムの古典の中の南海の女王(27)

        0

           二人はMatramに向かった。塀に囲まれてないSenopatiの家を見てSunan Kalijagaは「君の家が煉瓦塀で囲まれていないのは良くない。超能力を信用し、強い超能力のためにお前は疑いなく高慢な奴と呼ばれる。放し飼いの牛や水牛は好き勝手にあちこちに行ってしまう。これらの牛や水牛は縄で縛るのがよい。夜は牛舎に入れ、外ではアッラーに従う人に見守らせる。このようにお前は家を建て、土の塀と呼ばれる壁を用いるべきである。<135>Mataramの人々には乾季に日干し煉瓦を作らせよ。煉瓦が十分たまったら町を作れ」と言った。

           Sunan Kalijagaは土でできた水差しをとりあげた。その後、Sunan Kalijagaはクルアンの暗誦をしながら、家の壁や次の間などの境をSenopatiが分かるようにこの水差しに入った水で印をつけた。その後Sunan Kalijagaは「汝が町を建てるときにはこの水差しの水で描いた境に従え」と言った。Senopatiへのアドバイスであった。Senopatiは承知し、Sunan Kalijagaはその場を去った。

           上記の南海冥府の女王とPenembahan Senopatiとの結婚は、Mataramだけの支配であるという象徴的なものであり、陸と海との一体化と理解できる。水と土のシンボルはMataramの豊穣と平安を象徴するだけである。上記の関係は、Mataramの後継者すべてをカバーしてはいない。このような考え方を未だに保持しているのはYogyakartaのサルタンと南海だけになっている。Surakartaと南海の間にも関係があるが、Sunan Pakubuwono X世の時代以降は断絶していて、Surakartaと南海の女王とは夫婦ではなく母子の関係と考えられている。

           

          第二節終了


          南海冥府の女王 第四章 ジャワイスラムの古典の中の南海の女王(26)

          0

             南海冥府の女王は「それは簡単です。あなた様が私を必要とし私を呼ぼうとする時には、腹部に手を置いて空を仰ぎ見つつ心を澄ませるべく瞑想しなさい。私は必ず完全武装した霊界の軍隊を引き連れて貴方のもとへ参ります」と答えた。

             その後SenopatiはMataramに戻るための挨拶をした。Senopatiは海中から現れ、軟らかい地面を歩くように海面を歩いた。Parangtritisに到着すると、Sunan Kalijaga候がそこで座って熟考しながら待っているのを見てSenopatiは驚愕した。SenopatiはSunan Kalijagaに近づいて熟考し、海面を歩いて濡れなかったことについて許しを乞うたのであった。

             Sunan Kalijaga候は「Senopatiよ。使命を必死に追いかけるではない。水面を歩けるという超能力を見せつけることは止めなさい。それは高慢な行為である。諸伝道者は、アッラーの怒りに触れるから、このような方法を好まなかった。お前が王になろうとするなら本当に人が歩くように歩き、創造主として感謝すべきだ。さあ一緒にMataramに行こう。あなたの家を見たいのだ」と述べた。

             

             


            南海冥府の女王 第四章 ジャワイスラムの古典の中の南海の女王(25)

            0

               南海冥府の女王はさらに「恥ずかしがることはありません、どうぞ。お待ちしていました。あなたのものです」と述べた。その後、南海冥府の女王はSenopatiと腕を組んでベッドに向かった。南海冥府の女王の美しさを見たことによる痛みのくすりを所望するととともにこのように美しい宮殿と部屋に男性がいないという比喩を返した。もっとたくさん美しい女性がいるといいながら南海冥府の女王はちらっと流し目を使った。

                この二人は愛し合っていたので、後日南海の宮殿で結婚した。結婚に続いてSenopatiは南海冥府の女王をベッドに連れて行った。そこで二人は一緒になったのであった。<134>

               Panembahan Senopatiは南海の宮殿に三日三晩滞在した。この間、Senopatiは大国の支配の方法や人民や生物を先導する方法などの指導をずっと受けた。この指導が十分と感じて地上に戻ろうとする時にSenopatiは「例えばMataramに敵が現れた時、だれが女王様に連絡するのですか?Mataramの人達には女王様を見ることができる人はいませんから」と言った。


              南海冥府の女王 第四章 ジャワイスラムの古典の中の南海の女王(24)

              0

                 この南海冥府の女王は彼女の宮廷から出て外の世界を見まわした。一人の若者が彫像のように立って自分の理想を叶えられるようにアッラーに向けて熱心に祈っている姿以外には何も見えなかった。南海冥府の女王はすぐにその若者に近づきひざまずいてSenopati Sutawijayaに恵みを垂れるように願ったのだった。

                 「ご主人様、この惨状を直ちになくすことでご主人様の悲しみをなくし、海にあったものの破壊を元に戻し、海の生き物たちすべてを幸せにしてください。私が守っている海ですから私を哀れんでください。ご主人様が神に祈ったことはすでに受け入れられています。ご主人様と孫子の世代はジャワ全土を支配する比類なきは王になります。<133>ジャワの土地の精霊や悪魔、天女、Perayanganはすべてあなた様に平伏しましょう。あなた様に敵対者が現れた時にはこれらすべてが支援します。あなたのどのような希望にも彼らは従います。なぜならばあなた様はこのジャワの土地の最初の王になるのですから」と。

                 南海冥府の女王は誘うようなそぶりで一礼して海の中に帰ってしまった。Senopatiは南海冥府の女王に恋に落ちてしまったので陸上を歩くように海面を一行とともに歩いた。南海の王宮に到着するとSenopatiはその全ての美しさと楽しさに惹かれてしまった。彼は性質の違いによって心を乱されないようにしようとしたが常に南海冥府の女王の側にいた。南海冥府の女王もSenopatiの状態を察知していたにもかかわらず彼を誘い続けた結果、Senopatiはsanepo (南海冥府の女王のベッドを見たい)という言葉を吐いたのだった。


                南海冥府の女王 第四章 ジャワイスラムの古典の中の南海の女王(23)

                0

                   二人は合意の上で分かれた。Ki Juru Mertaniはメラピ山に、Sutawijayaは東に向かってOpak (Pmpak)川を目指し川に飛び込み、流されるままに南海に向かった。昔語りの話によれば、この川には、以前にSenopatiに助けられたことがあるKiai Tunggul Wulungという名の大蛇がいた。この蛇がSenopatiを海に連れて行きSawanganで停止した。ここで彼は瞑想を行いその後海に入った。Senopatiはアッラーに十分すぎるほど自己を対面させる苦行を行った。Senopatiは水にぬれず、海の水は大きな波になったがぴちゃぴちゃと音を立てただけであり、これは海の全ての生き物に災いをもたらした。

                   暴風が来襲し木々は倒れ、ぞっとする音とともに山のような波が押し寄せ、海水は煮立ち沢山の生物が死んだ。南海の宮廷は混乱し海の住人たちは騒ぎ出した。この住民全員が、Senopati Sutawijayaが祈ることでその理想を叶えようとした理想と情熱による熱波に触れたからであった。この事件は、Kahyangan Dlepihの宮廷にいる南海冥府の女王である南海の女王の臣下の不安に影響を与えた。


                  南海冥府の女王 第四章 ジャワイスラムの古典の中の南海の女王(22)

                  0

                     Ki Juru Mertaniは、この甥っ子が心の内で何を考えているのかを悟り、彼は優しく話しかけた。「Senopatiよ。まだ起きてもいないことを決めてしまうような高慢な考えであってはいけない。それは正しくない。星の言葉を信ずるとしたら、それは間違いだ。あれは霊界の声であり、正しいことあり正しくないこともある。人の言葉のように捉えてはいけないし、お前がまさしくPajangの人達を敵に回して戦う時は、あの星はお前に託そうとしないしお前もあの星に援護を求めないことは確実だ。すべてに自分自身で対処するお前と私であることは確かだ。勝利すればお前は間違いなくマタラムの王になり、戦争で負けたら逃れることはできないし捕虜になるのだ。」

                     叔父のこの言葉を聞いて、Senopatiはようやく気が付き、謝りの言葉を忘れなかった。そしてその後Senopatiは「叔父様、あなたの指示はいかがですか。お言葉に従います。例えば私が一艘の船で叔父様が船頭です」と述べた。その後Ki Juru Mertaniは続けて「Tole、お前が私の忠告に従うと決めたのなら、すべての困難なことをやすやすと簡単にできるようアッラーに祈ろう。ハディースに従ってこの祈りを唱えよう。偉大なアッラー。我が向かおうとしている全ての件に対して力を与え給え。<132>この祈りに対して強固な土台を与え給え。それ以外に我々がとみに努力することを。種々の職務を与え給え。アッラーの希望を伝えるためにお前が南の海に行くのなら我はメラピ山にいこう。一緒にでかけようではないか」。


                    南海冥府の女王 第四章 ジャワイスラムの古典の中の南海の女王(21)

                    0

                      「知っての通り、我はお前を指導する星であり、アッラーに気に入られようとへりくだった心で熱心に瞑想をしていた意図は既にアッラーに受け入れらたことをお前に伝える。お前が神の許しを得ようとした、ジャワの土地の王にお前がなることと、孫子の世代まで比類なきマタラムの王になることである。黄金と宝石をたくさん持ち敵に大変恐がられる。マタラムの支配を終わらせるひ孫の時代、国は割れてその後粉々に砕ける。しばしば日食と月食が発生し、流星が毎晩見られ、火山は噴火し、火山灰と噴石が降ることになる。これは国が崩壊する前兆である」このように言うと星は消えてしまった。

                      Sutawijayaは心の中で繰り返し「今、アッラーに対する願いは聞き届けられた。私の目的は(Pajang)のサルタンの代わりに王になり、孫子の時代までジャワの土地の灯となりジャワの人達全てが私にひれ伏すのだ」と唱えた。


                      calendar
                      1234567
                      891011121314
                      15161718192021
                      22232425262728
                      293031    
                      << July 2018 >>
                      PR
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      • 南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (29)
                        度欲おぢさん (08/29)
                      • 南海冥府の女王 第一章 霊界に関するジャワ神秘主義 (9)
                        度欲おぢさん (05/28)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第九章 胡椒交易争奪戦とマラッカ海峡 (26)
                        度欲おぢさん (01/09)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第九章 胡椒交易争奪戦とマラッカ海峡 (20)
                        度欲おぢさん (01/01)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第八章 Demak王国の衰亡 (12)
                        度欲おぢさん (12/06)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第七章 Demakイスラム国の建国 (2)
                        度欲おぢさん (10/29)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (34)
                        度欲おぢさん (09/23)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (9)
                        コピーブランドバッグ (08/30)
                      • ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (6)
                        度欲おぢさん (08/27)
                      • ヒンドゥー・ジャワ王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 前文 (9)
                        度欲おぢさん (07/04)
                      recent trackback
                      recommend
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM