第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (35)

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    第六節 Suro月1日の晩の山への奉納と登山祭り      

     

     その魅力に負けない伝統には、Muharramの月の勇気に関連していると考えられているいくつかの山に登るものがある。ジャワではMuharramの月の1日の晩の登山が行われる中心地は、Merapi山、Merbabu山、Lawu山である。この三山は、陸上のジャワ王国と南海の王国との間の神秘的な連絡としての南海の王国との三角形の境界として考えられている。この参画の軸は、ジャワ島王国の形に結び付けている。その晩におこなわれる登山祭りを意図してやってくる登山者たちは中部ジャワに限らずジャワの大都市のみならずジャワ島外もあるのである。

     登頂後、普通は一緒にご来迎を見て祈るのである。一方、Merapi山ではその晩の登山以外にも、Merapi山の火口へuba rampeと呼ばれる供物捧げるため、その朝や昼に海神祭りの実施に同行しようとする目的を持った登山もある。また同じ時刻に、南岸でも海神祭りが催行されているのである。

     これら以外にも、登山は実際に魂の前進の意味も有しているのである。自然によって形成されたパノラマと地平線を見ることで、聖典の一句とアッラーの権力と偉大さのしるしが、この登山によりますます明確になるということなのである。


    第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (34)

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       Bedaya Lambang Sariの演舞の際には毎回18種類の供物をささげなくてはならない。すなわちdhadhar rasulan komplit, dhadhar golong, dhadhar asrep-asrepan, dhadhar ambeng, dhadhar punar, dhadhar gebuli, tumpeng megono, dhadhar ropoh, pisang ayu suruh ayu, robyong gundhul, 蓋つきの竹籠に入った椰子砂糖、ツボに入ったコメ、色付き卵、バナナのおかゆ(kolak)と青い椰子の実、impling komplit,小さなtumpengを形どった五色の花、生花、紅白のjenang、boro-boro,硬貨で巻かれたキンマの葉、gecok mentah, rosan pantunそして水牛の頭である。これらの供物が備えされる時munjuk atur (祝福の祈りを捧げその意味を含んで言葉発する。一般的にはこのmunjuk aturができる人は特定の人に限られている。)をPanembahan Senopatiと南海の女王陛下に対して行う。

       この儀式が終わった後に、約一時間にわたり南海の女王陛下のためにこの舞踊が繰り広げられる。この舞踊は大自然の平和を形どっているために、神聖な舞踊として理解されている。演じられるのは規則的な天体と、まるでこの舞踊を見ている王を取り巻いている動きである。<234>この演舞を見ることができるのはsemadiの雰囲気下で王宮関係者の特別な人たちだけである。


      第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (33)

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        第五節 Lambang Sariの女性奉納舞踊 

         

         2006年にTwikromoはジョグジャカルタ・サルタン国が神聖な舞踊、Tari Bedayaを保持していることを見つけた。この舞踊は特定の時に演じられるのである。しかし、ジョクジャカルタ王宮のTari Bedayaのすべてが南海の女王陛下と関係があるということではない。南海の女王陛下と関連しているTari BedayaとはBedaya Semang (Semang=同席)とLambang Sari (男女の愛の象徴)である。この二つの神聖な舞踊は2002年を最後として現在は演じられていない。これは、この舞踊が極めて神聖であるがゆえに、踊り手とガメラン奏者たち自身が清められていないと感じて罰が当たることを恐れているのである。

         昔のLambang Sariの舞踊はPanembahan Senopatiと南海の女王陛下との間の恋物語を記念して尊敬するために演じられたのであった。このTari BedayaはTari Bedaya Semangより古いものと考えられているがゆえに、宮廷使用人の大部分はよく知らないのである。原則的に、このTari Bedayaは目に見える8人と目に見えないもう一人である南海の女王陛下の9人の踊り手で演じられる。あるいは踊り手の一人分は南海の女王の場所としてとってあるともいえる。この演目の前には踊り手もガメラン演者も断食を行い身を清めたりしなくてはならない。ガメラン演奏を伴ったこの舞踊は民族の宝として考えられている。


        第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (32)

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           その後練習生が一定のところまで演舞を行う。踊り手と練習生との間の親密さと尊敬を想起させる雰囲気である。その後、ガメラン演奏を伴ったGladhenがようやく始まるのである。その楽曲は極めて喜ばしくスイングして、できるだけよく演舞するために精神集中している踊り手が続くのである。たまに練習生が正しくない動作を修正し、その続きの動きを思い出させるのである。それはとても美しい雰囲気である。Bangsal Sri Mangantiのランプの黄色い薄暗い光で踊り手の肌から光が出ているように見え、クバヤの種々の色が美しく映え、南海の女王の姿を想起させる。同一な状況は引き続き繰り返され、35日ごとのSelasa Kliwonの晩に行なわれるのである。

           

           礼拝を忘れないようにして演台からおりて、練習生と踊り手、演奏者はあらかじめ準備されていたngrayah sajen[1]をしながら休憩する。雰囲気は急激に喜びに変わりGladhenの参加者は彼らの精神の福祉の多として王宮からの恩賜のしるしとして用意された供物を持ち帰って食べるのである。Nasi Gurihとayam ingkungは、ayam hidup menjadi rebutanになるまで、公平に分けて、いろいろな果物と出来合いのお菓子、いろいろなrujakとjenangとを一緒に食べるのである。Selasa Kliwonの晩のGladhiは普通21:00に終わる。練習生たちはその日に習ったことを忘れないために、次のSelasa Kliwonの晩に繰り返されて上手になるために踊り手に言い残すのである。

           

          [1] めいめい好きなものを食べるという意味か?


          第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (31)

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             最後のBedaya Semang舞踊は2002年におこなわれ、それ以降は演じられていないが、それは毎回Selasa Kliwonの晩に演じられるGladhen(ガメラン演奏)で維持されている。Anggara kasihの日[1]だけBedaya Semangを演じることができる。それ以外に演舞を行うことができるのは処女で生理中ではない女性だけである。

             この練習会に伴うSultan Agungと南海の女王陛下、Ki Joyudo (Sultan Agungの顧問)に向けた供物は、先祖とこの舞踊の所有者として信じられている南海の女王陛下のための絶対条件になっている。南海の女王陛下の許可を得ることで、毎回Selasa Kliwonの晩の練習を行うことができるのである。

             Gladhenはジョグジャカルタ宮殿のBangsal Srimangantiで19:00から演じられる。踊り手と練習生がパンの形をしたものとお金が入った封筒の形をしたparingan Dalemを開催費用のために同席者から集めるとともに同席者の出席を記すのであ る。<232>演奏者は正式なpranakanを着るのみならず踊り手もあらかじめ決められたクバヤを着てかつらをつける。

             

            [1] Selasa Kliwonの日の別称


            第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (30)

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               Bedaya Semangの舞踊はHamengku Buwono I世からVII世までの期間には定期的に催行されていた。しかしながら、Hamengku Buwono VII世の時代に、催し物の最中に踊り手が記憶障害になったという事件が発生した後、今に至るまでこの舞踊は演じられていないのである。この事件が引き金となり、踊り手とガメランの楽団員たちはこの事件が再発することを恐れるようになったからである。彼らの大半は本当に純真[1]ではなかった。この件は、上記の踊り手が純真ではなかったと理解されたゆえに、複数の宮廷使用人にこの事件は南海の女王陛下の怒りとして見られたからなのである。<230>

               Hamengku Buwono IX世の時代の1970年頃にBedaya Semangの曲が練習のために演奏されたことがあった。この練習は、宮廷使用人のKridomardowoであるLurah Sastropustakaの指揮で宮廷芸術団のようにTepas Kridomardowoによって行われた。練習の前に楽団員たちはImogiriの墓所でSultan Agung HanyakrakusumaとParangkusumoで南海の女王陛下に対して恩恵の祈りをささげた。この練習にはBedaya Semangの舞踊を演ずるために基本の24種類を含んだ各種の供物を伴ったのである。しかし、練習が半分まで来た時、罰が当たるのを恐れて楽団員たちの大多数が辞退してしまった。このようにして、この曲の練習は失敗したのであった。彼らが信じるところによると、この失敗はSultan Agungと南海の女王陛下に許可されていないという理由であった。

               

              [1] 「演舞の前に身を清めていなかった」という意味。


              第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (29)

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                 この舞踊は、当初インド洋の南海の女王陛下を記念するためにSultan Agungよってはじめられたものである。この舞踊は実に南海の女王陛下にぴったりと合うものである。サルタンとは、超自然界の生き物と先祖たちの霊との関連連れる物語の主題を形成していることに驚かされる勇気ある行動をとっていきた最後の大王なのである。かれも超能力を持っていることを認めている。

                 王宮の人たちに近いジャワ人によると、Bedaya Semangの舞踊は、南海の女王陛下を尊敬しさらにはジョグジャカルタ王宮に招くために利用される。この舞踊の意味を具現化したものは大自然の平和であり、この舞踊を演ずることで、王国とその国民の平和とバランスを維持するために南海の女王陛下が楽しんでくれることを願っているのである。

                 

                 


                第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (28)

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                    Bedaya Lambang Sariのように、この舞踊は8人の見える踊り手と一人の見えない踊り手(南海の女王陛下)の9人の踊り手によって演じられる。整然とした世界の秩序を形作って彼らは王の前近くにある演台に入る。(Subagya, 1981:123-125)この舞踊はとても深い宇宙の意味を有している。演舞開始前に、踊り手たちは身を清め、義務化している行動をとるのである。

                   

                   この舞踊はSelasa Kliwonの晩のBedaya舞踊が演じられるはるか前にSultan Agung Hanyakrakusumaが南海の女王陛下と会いたいと願った時代を想起させるのである。これ以外に、Selasa Kliwonの晩はジャワ人にとって神聖であり魔力を有しているのである。<229>Bedaya舞踊はChoyが言っているように(1976:174)南海の女王陛下を思い出して尊敬するために利用されているのである。


                  第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (27)

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                    第四節 ジョグジャカルタの王宮のNdalemにおけるSemangの女性奉納舞踊

                     

                      Twikromo(2006)によると、Bedaya Semang舞踊はジョグジャカルタの王宮の中でとても聖なる舞踊に含まれているとのことである。この舞踊も王宮の特別な人しか見ることができない。この舞踊のためのガメランは126個のゴングからなり、約三時間にわたって演奏される。この舞踊が行われる時は毎回、raulan, ketan salak, 鶏卵のkluwa, バナナのkolak, tumpeng uruping damar, tumpeng robyong, tumpeng gundhul, 生きた鶏、tukon pasar, imping wedang kudhukなどの食べ物(これはKi JayudaあるいはTumenggung Purbonegoroのためのもの)、jenang^jenangan, air sri taman, dilap jlupak,水の入った水差し、gecok mentah, rujak degan, rujak tape, rujak deplok, rujak wedang, rujak arang-arang kembang, rujak jeruk, rujak tampil, pala kependhem, gumantung,そしてkesimparとお香の24種類の供物が奉納される。お香を焚くときは、Sultan Agung 陛下と南海の女王陛下様[1]に対する礼賛[2]を伴う。

                     Bedaya Semang舞踊は、マタラム初代サルタンのPanembahan Senopatiと南海の女王陛下との恋愛の神話を背景として、第三代マタラム王であるSultan Agung (1613-1646)によって創作されたBedaya Ketawangとも呼ばれている。(Spedarso, 1990)

                     

                    [1] Ingkang Sinuwun

                    [2] mujuk atur


                    第七章 南海冥府の女王の存在に関連する各種の伝統と慣習 (26)

                    0

                       ジャワ島がDemakイスラム王朝に支配されていた時にはすべての儀式は中止された。この状況は飢饉や暴動、そして伝染病をもたらした。イスラム導師のアドバイスでこの期間中厄除け儀式は拒否され行われなかった。その結果、Demak王朝は種々の危険から解放された。

                       この二つの見解は南海の女王陛下を尊敬し関係を保つことでジャワ社会の毎日の生活を生きていくことと同じになっている。一般的に、彼らは海神祭りの起源についてはあまり考えようとしていない。彼らの提案は王宮の人たちが行う南海の女王陛下への崇敬儀式の実施なのである。

                       今日でも、ジョグジャカルタ王宮は王国に障害が起きないようにparangkusumoでの海神祭りを行っている。超自然界の支配者に保護を求めないときは国民を守らないことでジャワの王は長続きしないのである。奉納の儀式なしでは、災害や自然現象による障害が発生し、超自然界の支配者とその同調者たちの怒りのゆえに国民ともども王国も転覆するのである。王宮の人たちによって行われる海神祭りの習慣を中止した時はいつでも、これらの霊界の支配者たちは王国とその国民全員にいろいろな災害や病気を拡散するためにその軍隊を送ると信じられている。より正確に言うならば、霊界の次元と超自然界の生き物はこの自然界の調和にとって平衡となりうるのである。


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