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第五章 南海のSegara Sewu王国 (13)

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     西暦1292年頃でまだ陰謀が制圧されていなかった時、Dewi Angin-angin女王はKalak山の庇護を願い、Ngusmanaji僧正と強力な軍隊を有するBegawan Danuの支持を得た。同女王は政治の中心地をSuryadhamar Nitakalapramesthi宮殿とともにKenarehenに移した。支配の中心地はSorebaya洞窟で、他方、魔力の発展の中心地となったのは、Kalak洞窟の宿舎とともにLempursewu修行場であった。この洞窟は、ParanggupitoあるいはKismantoroを経由するPunung-Wonogiri街道の横にある、Pacitan県Danareja郡Kalak村に位置する[1]

     第四代の南海の女王は、Dewi Angin-anginの二番目の弟子で西暦1549年に選出された、一般的にRatu Ayuという名で呼ばれているKencanawungu(統治1549-2003)である。この女王はヒンドスタン人[2]のような楕円形の顔で体型はすっきりとし、身長は約172cmの完ぺきな美人である。

     

    [1] 8.187597S, 110.954466E = S 8°11’15.35”, E 110°57’16”パチタンから西北西に約17kmの地点。

    [2] インド北部に住むいわゆる「インド人」


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      • 2018.12.18 Tuesday
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