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ジャワ・ヒンドゥー王朝の衰退とイスラム諸国の勃興 第二章 原資料 (34)

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    第五節       Talang 廟からの中国語資料
    Residen Poortmanは警察の協力を得てTalang[1]の廟の家宅捜索を行った。その調査結果は次のとおりである
    1415年
    孔子の子孫であるKung Wu Ping提督がGunung Jatiの頂上に灯台の尖塔を建設した。その近くにSembung, Sarindil, Talangというハナフィー派華人ムスリムの集落が形成された。その各々にはモスクが備わっていた。Sarindil集落には船舶修理用のチーク材の生産が義務付けれらていた。Talang集落には港湾の維持管理が義務付けられていた。Sembung集落には灯台の維持管理が義務付けられていた。このハナフィー派華人ムスリムの三つの集落とも明王朝の中国船への食糧供給が義務付けられていた。当時、Cirebon付近は無人の土地であったがCerme山のふもとに位置する故に大変土地が肥えていた。
    1450-1475年
    東部と中部ジャワの北海岸とまったく同じように、Cirebon地域のハナフィー派華人ムスリムの社会は、中国との連携が切れてしまったために、非常に寂れてしまった。ハナフィー派華人ムスリムがいなくなったたためSarindilのモスクは修行場となってしまった。Talangのモスクは孔子廟になってしまった。それとは反対に、Sembungのハナフィー派華人ムスリムの社会は繁栄しイスラムを堅持していた。
    1526年
    Demakからのイスラム軍を乗せた艦隊がTalang港[2]に投錨した。Kin Sanという名のインドネシア生まれで中国語が得意な華人が同行していた。Demak軍の司令官Syarif Hidayat FatahillahはKin Sanを伴ってTalangから、SembungのイマムであるTan Eng Hoatが修行を行っているSarindilに行った。Tan Eng HoatとともにDemakイスラム軍は平和裏にSembungに入った。Demakのイスラム王の名でDemak軍司令官はSembungのイスラム法学者であるTan Eng Hoatに称号を贈った。それはMu La Na Fu Di Li Ha Na Fiと読める、Demak軍は船に戻り西に向かって帆をあげた。Kin Sanは一か月間にわたってTan Eng Hoatの客人であった。
     
    [1] (訳)Cirebon市内
    [2] (訳) チレボン港

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      • 2018.04.16 Monday
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      このブログを毎回読んでいる人はまずいないと思いますが、ねんのため、明日から三日間遊びに出かけますのでこのブログはお休みすることをお伝えします。
      • 度欲おぢさん
      • 2015/09/23 8:04 PM
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